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――――――空を飛ばないハイジャンパーの視界に映るのは無言の男らしい背中とさかさかと素早く動くモデルのように長い足だった。


いつも後ろに差し出されるその手を無意識にじっと見つめてプレゼントを目前にした子供のように待ってしまう辻隆也はそんな自分を少し意地汚いのではないかとそう思っている。


だから、そっと速足さんのその足から視線を逸らして見るのだが、それでも結局目の前をちらつくプレゼントにちらりちらりと視線を送るのを止められないのは、もう解けない恋の魔法に囚われているからに違いない。



――――不機嫌そうに眉を寄せすっと細めたその瞳で見つめられるといつだってドキドキと胸の動悸が止まらない。


だから、ついその綺麗な目に視線を下に逸らしてしまう意気地無しが他でもない自分なのだと隆也はそう知っているのだ。




――――まるで当たり前のように家に居座る居候にいつだって夢なのではないかと大きな背中を前にそっと目を擦ってみる家主は『もうずっと解けなくていい』恋の魔法の囚われ希望者なのだ。








『・・・・じゃあ、辻、俺行くわ』




ひょんな拍子に出会った弾丸トークの愉快な詐欺師は突然、友達に立候補したかと思うと不機嫌そうな王様を見て苦笑気味にさよならを告げて去っていた。





――――正直ほっと肩を撫で下ろしてしまったのはやっぱり『デート』なるものを馬鹿みたいに約束したその日からずっと指折り数えて楽しみにしてきたその淡い恋心のせいだろう。




『お付き合い』も初めてなら『デート』なるものも初心者な辻隆也にとって大好きなその人を不快にさせないか、どこまでいっても不安は尽きない。


だけど、何が出てくるのかわからないそんな『初デート』にドキドキわくわくが止まらないのもまた否定できない事実なのだ。



まして大好きなその人と外で何かをするなんてこれまでなかったことだから、期待と興奮、それから緊張という二文字ずくしの気持ちが辻隆也の心を占領しきっていた。





――――だけど、色男と名高い王様にとっては『デート』などいつものことに違いない。



喫茶店に入ってトイレに立てばあっさり会計は済んでおり、映画館に足を踏み入れればすでに二枚のチケットが無機質な機械からがーっと吐き出されるだけだから、慌てて「あの」っと口を開こうとしたその手には無言でコーラとポップコーンがセットされてしまったのだ。


いつも不機嫌そうに煙草を吸うその人はやっぱりとっても大人な人なのだとそう感じてしまった辻隆也なのである。


そんな風にエスコートされたら誰だってイチコロにならざる得ないのではなかろうか。






『―――――何してる』




だから、勝手に迷子になってきっと手を煩わせてしまったのだと思うとそんな大人な人にどうお詫びをしたらいいのか隆也は悩みが尽きなかった。









バババババババババっ!!






―――――それでもスクリーンに映し出されるその映画にまったく身が入らないは迷子のお詫びを悩んでいるからだけではないのだ。



銃声が響き渡る映画館で隆也が一番気になるのはスクリーンに映るヒーローでもヒロインでもない当然のように握られたその手の存在なのである。



暗い室内に映し出されたスクリーンの光が時折消えては光って、いつもは不機嫌そうなそのカッコいい横顔をぼんやりと照らし出す。


いつにない真剣なその横顔を見てはいけない気になるのは、たぶん見てしまったら二度とスクリーンに視線を戻せない自分を知っているからなのだ。



だから、手を伸ばされることのないそのポップコーンとコーラが肘置きのその端でうんざり呆れ顔で隆也を見ていたのだけれど、生憎恋の初心者マークはそれどころではない。





――――歩行中、いつもまっすぐ後ろに伸ばされるその手は力強く隆也を引っ張るだけで、こんな風に何の気なしに長時間組み合わされたりしないのだ。



もちろん、頭の中を占めるのはどうしたらいいのだろうというクエスチョンマークだけで当然、アクション映画のストーリーなど頭に入るはずもなかった。



ほぼ半同棲を送ってるとはいえ、それとなく知らない人と隣り合わせにならないように席を譲ってくれる大人なその人の優しさに心臓が壊れたように鳴りっぱなしの辻隆也には残念ながら繋がれたその手だけでご馳走さまの状態だった。




――――スクリーンではヒーローと思しき男がヒロインの女性を守り抜くそんな様子が描かれていたけれど、余暇を楽しむハイジャンパーにとってのヒーローはどうやらスクリーンの中のその人ではないようである。





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