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カチ。




カチ。







―――――走り高跳びというスポーツには専用のスパイクが用意されている。


踏み切る一瞬その足に体重の何倍もの力が加わり、なお且つ走り幅跳びなどと違って斜めに踏み切るハイジャンプは足首と腰を痛めやすい競技の1つなのだ。


まして、バーやポール、マットなどの競技器具が必要不可欠になるようなそのスポーツはもちろんその競技人口も格段に少ない。


つまり、一般人があまり目にすることもないその専用のスパイクはひっそりとスポーツ品店で売られるのが常なのである。


そして、どちらが利き足かにより形状を変えるそのスパイクは、あまり目にすることはないその理由も手伝って、やはり高校生のポケットマネーから出せるほど安いものではないのだ。








―――――陸上競技で使用されるスパイクには必ず競技ごと取り決められたピンの長さや形状が決められている。


短距離や走り幅跳びなどの競技では4m程度だが、ハイジャンプとなると倍の8mが相場なのだ。


そして競技場が土かタータンかによってピンも先のとがったものか丸まったものか使う形状が決まってくるため大会の前には必ずピンを確認するのが選手たちの常識である。


無論、それは大切な本番で甘閉めされたピンが逸れてしまわないようにという理由も含まれているのだ。


ピンがなければスパイクの力を存分に発揮することはできない。


地面への引っかかりにより、スピード増すためにある存在がピンなのである。


だが、大会前夜に選手がスパイクのピンを締め直す理由にはもう1つ忘れてはいけない理由があったのだ。












「―――――終わったのか?」




低いその声はいつだって横柄で不機嫌そうに鼓膜を震わせるのだが、それが真実ではないのだと振り返ったこの学園の騎士様は知っている。


明日から三日間を占める関東選手権を前に余念なくスパイクのピンを取り変えていたハイジャンパーはそこに心配性な王様の不器用な優しさを感じて胸が温かくなるのを止められなかった。


カチカチとピンを閉めるその時間は明日を本番に控えた選手たちにとっては大切な『おまじない』の時間でもあるのだ。











―――――明日練習の成果が発揮できますように。



祈りとともに締め直されるその時間を吸殻を山のように溜めながらきっと不器用な王様は待っていてくれたのだろう。


なぜなら、リビングに大ボリュームで流れる『実録:新宿ホスト24時間』などというテレビ番組に到底、ホスト顔負けの王様が興味を持つとは思えないからである。


だから、ただ空を愛する陸上少年は湧き上がる温かいその心のままに素直に返事をすればいいのだと知っているのだ。










「――――――はい」




我儘で横柄な王様からの不器用な優しさをこの学園の無口な騎士様はそれはそれは大切に思っているのである。





End.

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