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< 悪魔の花嫁 >
―――――日比野晶という男はどうしてこうノリの効いた白衣が似合うのだろうか。
対する悪魔だって美丈夫と言われるその容姿なのだが、いかんせんわんこな性格のせいか、その黒装束も相まって俺様な花嫁からはいつだって冷たい視線をもらうのが常だった。
『かっこいい』も『綺麗』も『男らしい』も褒め言葉という褒め言葉を未だかつて一度として愛する花嫁からもらったことはない情けない悪魔の花婿なのである。
「―――――坊主、どうだ、痛いか?」
日比野家が寝静まる日中、どかんと表通りから大きな音がして目覚めてみれば家の前で電柱に突っ込んでしまった痛いけな少年がそこにいた。
日頃、『俺の眠りを妨げるな』ばりの寝汚い悪魔の花嫁だが、怪我人と子供に優しい白衣のヒーローは血の匂いに目を覚ますと無言で少年の傷手当を始めたのである。
だから、悪魔の花婿は白いガーゼに消毒液をつけ、ぽんぽんぽんと膝小僧を擦り向いた少年を甲斐甲斐しく世話する花嫁をそっと部屋の隅から見つめているのだ。
怪我をしてもすぐに完治してしまう悪魔にとって怪我人という響きはとんでもなく憧れのその存在である。
その優しい『ぽんぽんぽん』をいつか白衣の似合う花嫁にぜひやってほしいなんて思ってしまうのは白衣の似合う男前な花嫁を愛しているからなのだが、どうやら俺様な花嫁にはただ『お医者さんプレイ』をしたいように思えるらしい。
白衣を着ているその間に近づこうものなら、ギロリと睨まれるか、遠慮のない愛の鉄拳を食らうかのどちらかなのだ。
確かに『ぽんぽんぽん』に憧れているのは否定しないけれど、白衣の似合う男前な花嫁ごと大切に思っているというのに『その辺伝わっていますか?』と聞きたくなることたびたびである。
「―――――おい、どうした?」
うんうんと一人頷く不審者に眉を寄せた俺様なお医者様が振り返れば、悪魔な花婿の瞳は途端に輝きを増す。
怖い顔と凶暴な手足を持つ俺様な花嫁だけど本当は不器用な優しさでいっぱいのその人は悪魔にほんわか温かい幸せを運んできてくれるからである。
「・・・・・何でもないです」
だから、『にやつくな』と嫌そうに避けられるその笑顔で元気良く笑ってしまうのはもはや不可抗力なのだと悪魔は思う。
やっぱり白衣の似合う男前が大好きなのだから、しょうがいない。
そうにっこり笑う大型ワンコな悪魔なのである。
近所ではお化け屋敷ともっぱらの評判の大きなその家には不器用で優しい白衣のヒーローと黒装束の大きなワンコが住んでいる。
その幸せいっぱい家庭には時々イレギュラーな訪問者が現れるけれど、長寿を持つ仲良し夫婦にはそれはそれで楽しい新婚生活なのかもしれない。
「はっ、悪魔がニヤけやがって・・・」
―――――その日、日比野家ではぽつんと呟き漏らして席を立ち『Vade retro Satans!!』っと掌ほどの十字架を掲げて叫ぶ小さなデーモンハンターの姿があったけれど、きょとんと首を傾げた悪魔の花婿と額に手を当て大きく溜息を吐く俺様な花嫁にはそれも騒がしい日常の一部だったのかもしれない。
怪我人になる絶好のチャンスと目を輝かせた悪魔の花婿に問答無用の愛の鉄拳が入ったかどうかはのんびりその家を眺めていた恋の神様だけが知っているのだ。
End.
:Vade retro Satans
(去れ、サタン)
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