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< Maybe,My Friend >
週末の都心ともなると普段は会社勤めに忙しいサラリーマンや勉学に遊びに忙しい学生たちがどこからともなく溢れだして昼の街を占領する。
近隣郊外から都心へ出かけてくる人々も交れば、それこそ『ごった返す』という言葉が一番お似合いなのかもしれない。
駅前や広場、ショップに本屋、大きな電気量販店にレストラン。土日の都心は人人人で埋め尽くされる光景にきりがなかった。
――――中でもデートで歩き疲れた人々が押し寄せて込み合うのが駅近の喫茶店というものである。
「・・・・・・・・・」
―――――二人掛けのテーブル席で互いに向かいあって座るカップルが、何やら押し黙った様子をしていた場合、まず真っ先に思いつくのは『修羅場』という3文字である。
そして、その言葉を裏付けるポイントは1人が押し黙り、もう1人が怒り心頭を隠し切れていない場合だった。
ただし、この喫茶店の店員が先ほどから『もしや』と疑っているのは、珍しくもない男女のカップルではなく系統の違うイケメン2人、つまり、男男のカップルなのだ。
俄然、耳がダンボになるのも当然である。
何しろ、流行りなど知らぬとばかりに自然体が凛々しい好青年とどっからどう見ても経験知豊富と言わんばかりの遊び人風のカップルは、先ほどから友達にしてはぎこちなく、クラスメートにしては重い沈黙を続けているからだ。
―――もっともその不思議な男男カップルを『もしや』と疑っているのは何もこの店の店員ばかりではない。
これまた彼らの周囲の客たちも何やら不穏な沈黙を続けるカップルのテーブル上の灰皿がみるみるうちに機能を失っていくのを唖然と目撃していた。
――――どうやったら数分の間にそこまで吸えるのか。
そう思えるほどに小さな灰皿には零れおちそうなほど吸い殻たちが満員乗車している。
もはやそれでは電車は出発できまい、もとい灰皿として使えまい。
そう周囲の客たちは耳はダンボに目はちらりとそのイケメンカップルたちの様子を見守っていたのである。
「――――――すいませんっ・・・」
しかし、重い沈黙を続けたうえ、突然、頭を下げた青年という恐ろしい魔の空間に店員も灰皿交換においそれと訪れるわけにもいかなかった。
当事者の2人は注目の的であることに果たして気づいているのか。
そもそも男男でデートという時点ですでにその注目は覚悟の上だろうが、恋に直球勝負中の2人にその意識があるかどうかは今もって不明である。
むしろ、気づいていないという最悪なシナリオも有り得るほどに2人は互いしか見えてはいないのだろう。
でなければこんな場所で痴情のもつれなるものを繰り広げるはずもない。
「・・・・・・・・・・」
――――『すいません』という言葉は残念ながら使い方次第でどんな意味にも取れてしまう便利な言葉だ。
それも使い方を間違えれば正確に相手に意図を伝えるどころか、逆に煙に巻くあいまいな言葉でもある。
だから、目の前の不機嫌な恋人が『迷子になってすいません』か『すぐに連絡しなくてすいません』か、はたまた『他の男と話していてすいません』か、それとも『あなたを忘れていてすいません』か、どれなのだと余計に苛立ちさを募らせたことを、『お洒落じゃなくてすいません』に頭を下げる辻隆也は知らなかった。
まして、その漂う暗黒の沈黙に周囲の客が確実にあれは三角関係だ、浮気がばれたのかと興味深々でいることを方眉をぴくりと動かす氷川亨も、じっと頭を下げたままの辻隆也も気づきはしないのである。
「―――――誰だ」
「・・・・・?」
だから、ぽつりという言葉が正しいと思えるその声が落ちた瞬間、はらはらしたのは何を隠そう見ている周囲の客たちの方であった。
『誰』と聞かれればそれはまさしく『浮気相手』ではなかろうか。
社会経験豊富な客たちは皆一様に心の声を同じくした。
『修羅場』か『喧嘩』か、そんな想いに皆瞳を輝かせたが、次の言葉に客たちは一瞬クエスチョンマークを飛ばすことになる。
「・・・・・たぶん友達です」
友達にたぶんという言葉がつくのは正しいのだろうか。
おそらくそれは『顔見知り』ではないのか、激しく心に疑問を持った客たちはなぜかはらはらと凛々しい好青年の背中を見守ってしまうのだ。
なぜなら、対する遊び人風の男のいかにもな不機嫌さにどうもその青年は気づいているのかいないのか怪しく、ましてその重い沈黙をちっとも理解していないようなそんな不安に襲われてつい拳を握って肩入れしてしまうからだ。
しかし、そんな周囲の客たちも数分後やはりこんな言葉を思い出すことになるのだ。
つまり、『夫婦喧嘩は犬も食わぬ』という奴である。
「・・・・・映画見るぞ」
小さな溜息を一つ吐いて不機嫌そうなその男が偉そうな言葉を吐いた途端、ずっと無表情だった青年がはにかむようなそんな笑顔を一瞬見せた。
そして、その笑顔を見た男の視線がすっと床に逸らされるとなんと男の口角がうっすらとあがったのだ。
不思議なことにそのたった数秒間で重い暗黒の沈黙は瞬時に掻き消えるのだから、客たちの表情は皆一様にぽかーんである。
それこそ、喫茶店の客たちを知らぬ間に巻き込んだハタ迷惑な2人組の姿が消えるまで客たちの目には初々しく照れ合うカップルの笑顔が焼きついていた。
微笑ましいと言えばいいのか、何と言えばいいのか。
いずれにしろ置いていかれた客たちが思ったこと言えば『修羅場』でも『三角関係』でもなく、あれは『プラトニック』もしくは『あの不機嫌な男の片思い』なのではないかという疑問だった。
――――学園と言うお城がなくとも『我儘な王様』と『無口な騎士様』はどうやら周りをひきつける何か不思議な魅力を持っているようである。
都心の込み合うその喫茶店には何やら不思議そうな顔をして悩める客たちが取り残されていた。
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