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< Versus 4-2 >
――――――本当に守られているのはどちらなのか。
時々椎名イサオはわからなくなる。
――――――ただの『影』だというのにその手が優しく頭を撫でるからだ。
怪我をすれば手当をし、悪さをすれば叱り、熱を出せば心配して看病もする。
当たり前のように隣に来て、当たり前のように笑っている。
――――――その暖かさに返せるものを椎名イサオは持ってはいないのに。
だから、イサオは体を張って頭を使う。
そして、嘘の苦手なその人のために手を汚すのだ。
それだけが唯一イサオに出来ること。
―――――欲しいものを手にしろっとお人よしなご主人様はそう言った。
『影』の気持ちを優先する本当に愚かな愚かなご主人様だ。
――――――だからこそ、椎名イサオは狂おしい恋すら捨てる。
馬鹿なご主人様の願いを叶えるためだけに。
―――――妖精は何度でも魔法を使うだろう。
■□■
「―――――それは私が処理すべきものだ」
パタンッ。
―――――――九条湊のロッカーを閉め、数々の"ラブレター"を手にしたイサオはひらひらと手を振って見せる。
そのふざけた笑みには堀陽一の鋭い視線が突き刺さっていた。
「―――――"死ね"だってよ。モテるね、湊ちゃん」
誰もいない放課後の正面玄関は暗くて殊更静かだった。
―――――だから、その冷たい声がイサオの心の奥にまで響いてくるのだろうか。
「―――――けがらわしい手で湊のものに触れるな」
びょう。
びょう。
――――――風が泣いていた。
イサオは思わず噴き出して腹を抱えて笑うのだ。
「――――――ナイナイ。今時昼ドラもビックリのセリフだから。もうちょっとお勉強したらどうよ?」
ドカッ!!!!
――――――鈍いその音ともに手で足蹴りを払ったイサオの目がすっと細められた。
一瞬で表情を変えたイサオに不信の目が向けられる。
「――――――この間の取引。のってやるよ、サディストさん」
――――――ヘラヘラと笑うイサオの目が暗闇に光っていた。
その手からは"ラブレター"が落ちていく。
ヒラリ。
ヒラリ。
「―――――けど、俺はアイツの妖精さん。さて、アンタの思惑通りに事が進むかな?」
ヒラリ。
ヒラリ。
――――――暗闇に舞う白い蝶のようだった。
■□■
―――――椎名イサオは知っている。
愛するご主人様の最大の望みは九条湊を"守ること"ではない。
『九条湊を手に入れること』
――――――それが言葉にしないご主人様の切なる願い。
「――――――生憎『恋のキューピット』じゃねぇんだけど。ま、やりますか、やってみますか、イサオ君」
―――――椎名イサオの視線の先に暗闇に消えていくその背が見えていた。
暗闇はいつだってイサオの味方だ。
その表情も。
その眼差しも。
―――――全てを隠してくれるから。
「――――――はっ、恋人ね。邪魔者同士、仲良くやろうじゃねぇの」
イサオの口から零れた呟きは床に弾んで消えていく。
――――――起きるであろうこの先の波乱を予期して椎名イサオはただ闇の中を歩き出すのだ。
―――――眼差しに隠されたその切なさも。
瞳を閉じれば誰にも気づかれることはない。
だから、隠してしまえばいい。
暗い闇の中に。
―――――行き先のない想いごと。
『―――――――イサオ』
――――――叱るようなその声が吹き荒れる風の泣き声に交って聞こえても、歩き出したその足を止めることはできない。
びょう。
びょう。
――――――ただ暗い校舎内に風の悲鳴が止むことなく響いて、闇は静かに消えていくその背を包み込んで行った。
End.
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