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< Versus 3-2 >









「―――――――妬いちゃって可愛いね。御主人様」



――――会長席に座る上ノ越憲太郎の背中に体重をかけると猫のように伸びをしたイサオは不機嫌な御主人様をこっそりと窺った。








「――――――呆れてるの間違いだろ?何もオマエが目を逸らすためのおとりにならなくともいくらでも方法は他にあった」


小さな溜息をついてドンっと反発する怒る背中にイサオが笑う。








「―――――ちまちま防衛線?やだね。やっぱやるときはドンと勝負しなきゃ。男でしょ?」







―――――イサオにとっての問題は御主人様の命令ではなく恋敵を守ることでもなく、誰もいない生徒会室に一人残って仕事をするまじめな生徒会会長様だ。







「――――――いいの?平凡取られるよ?やっと妖精さんのおかげで一歩リードしたのにさ」


大量の書類に目を通しては判を押して行くその真面目な生徒会長は願い事を叶える立場にいる『妖精さん』にとっては困った御主人様そのものだ。







「――――――話を逸らすな」



低いその声にイサオは人差し指を左右に振って舌打ちを返す。









――――チッ、チッ、チッ。








「―――――優先度の問題っしょ?」


バッと横から書類を掻っ攫う幼馴染に憲太郎の怒りの視線が向けられた。







「―――――妖精さんを甘く見ないでほしいね。生徒会長の代わりなんていくらでもいるんだからさ」


――――書類を横取りし、さっと手であしらうイサオに憲太郎の強い視線は外れない。









「―――――行きなって。それとも妖精さん以外にコピー人形でもいた?」


それでも動こうとしない真面目な御主人様にイサオは小さくため息を吐くのだ。










「―――――あの日、生意気なガキが俺を指さしてから、御主人様の願いを叶えることだけが妖精さんの存在意義になったんだ。・・・って、そう言ったら動くわけ?」










――――――時が止まっていた。








■□■













「――――――俺は・・・・」








――――――カチャ。






上ノ越憲太郎が椎名イサオと互いを近距離で見つめあったまま口を開こうとしたその時、間の悪いその部屋の扉は開いた。




―――――現れたのは憲太郎のライバル、生徒会議長の堀陽一だった。










「―――――し、失礼します」



その背の高い男の後ろに当然のように愛され平凡、川野湊も隠れている。







――――いつかのデジャブにイサオは笑うしかない。









「―――――今度の生徒会議会のためにこれから小会議が予定されている。私が出ないはわけにはいかないからな。・・・他の連中よりはまだ頭の固い貴様の方が安全だろう?しばらく湊をここに預けて行く」








――――ちらりと向けられる視線が問う。







『――――なぜ、おまえがいるのか』







「――――――じゃ、馬に蹴られるのも何だし、妖精さんは退散しよっと」




――――イサオは肩を竦めて見せると生徒会室の出口へと向かった。


書類を持つ手を御主人様に振ると、ドアノブを握ったままの堀陽一の前を通り過ぎる。









「―――――――イサオ」







――――御主人様の呼びかけに一瞬足を止めるが、後ろ手を振ったイサオはそのまま部屋を出た。









パシッ。








「――――――私も行く」




―――――掴まれたその腕にもイサオは振り返らなかった。








「――――――俺とあんたで何するの?」


しかし、堀陽一はイサオの問いに応えずにただ湊に声をかけてその扉を閉めるのだ。








パタン。








―――――生徒会室の扉は簡単に閉まり、薄暗い廊下にいるのは手を掴まれた椎名イサオと小会議があると言った堀陽一だけだった。







■□■













「―――――御礼を言う必要はないな?オマエはあの男の願いを叶えただけなんだ」






―――――それが生卵の行き先を示しているのだとすぐにわかるのはどうしてか。


強く掴まれた腕を振りほどこうとしたが、その強さから逃れることはできなかった。










「―――――取引をするのはどうだ?」



―――――掴まれた腕を肘ごと寄せられれば、振り返るしか道はない。


イサオの視線の先で冷たく光るノンフレームメガネが笑っていた。










「――――――オマエはあの男が好きなんだろ。だったら湊との関係を後押しする必要はない。あの表情を見るにあの男にとってもオマエは特別らしいからな。私の公然の恋人になれ。そうすればあの男はオマエへの気持ちに気づくはずだ」







――――途端、イサオは我慢できずに大笑いした。








恋は闇。







――――冷静な男の目すら曇り行くのだ。








「――――――とんだ三文小説だ。確かに俺とアイツは愛し合っちゃってますがね。それは川野湊に向けるものとはベクトルが違う」



椎名イサオは一旦笑いを止めると嫌な笑みを浮かべて首を傾げてみせた。









「――――――あんたはそうして泣いた川野湊が落ちてくるのを待つつもり?」








ドンッ!!!








――――突き飛ばされたイサオの体が窓のサッシに当たれば、背中に強烈な痛みが走る。





顎を掴まれたその視線の先に冷たい男の怒りの双眸が見て取れた。









「――――――誰にでも簡単に体を売る淫乱が知った口を聞くな!!」









―――――大きな罵声が放課後の廊下に響き渡っていた。










「――――――言ったっしょ?俺はアイツの願いなら何だって叶える妖精さん。生憎あんたの妖精さんじゃない」









―――――そう笑ったイサオの口は次の瞬間に塞がれていた。








「―――――――っっ!!!」










■□■












――――伸ばしたその手が情事中の男の肩に触れることができずに躊躇して拳を握った。









だから。








―――――ああ、自分の手もまた。








恋をしているのだと。








―――――椎名イサオは気がついた。









■□■












「―――――クックックッ。意味わかんねぇーし」






――――淫乱と呼んだその相手の唇を奪って消えた男は一体何を思うのか。






イサオは屋上の扉を開けると大声で笑った。


まるで泣いているような狂ったようなその笑い声を聞き留める者はその場にはいない。












――――たった一時。





荒い息を出して慰め合った二人の手は。



愛する者に触れることができずに躊躇する"叶わぬ手"だった。



だから、行き先のないその手を可哀そうだと憐れんでくれるなら。









どうかその手に。










―――――気づかないで欲しい。










「―――――――くそっ!!!」



イサオは唇を拭ったが、たった一人その男の口づけだけが忘れられないことを知っている。










サァァァァァ。













――――思いを流してくれるその風が屋上の壁に拳を立てる青年の髪を揺らしていた。






End.

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あきゅろす。
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