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< Versus 2-2 >
「――――――何なんだ、オマエは」
――――堀陽一の苛立たしげな声にイサオはヘラっと笑うだけだ。
出入り口に陣取ったイサオを陽一の冷たい視線が睨みつけていた。
『あの、・・・すいませんっ!!!』
――――涙目に走り出す川野湊にイサオは思わずガッツポーズを取った。
そして、追いかけようとする堀陽一を捕まえて笑うのだ。
『――――脈ありかよ。いいね。この幸せ者』
嫌そうに顔を歪めた憲太郎は、しかし、愛しいその背中を追いかけていった。
――――だから、この白けた生徒会室に残っているのは堀陽一と椎名イサオの二人だけなのだ。
「―――――一体、あの男の何なんだ、オマエは」
その問いにゆっくり首を傾げてイサオは笑った。
「―――――アレ、俺に興味なんてあったの?」
ヘラヘラ笑う男を陽一が軽蔑するとでも言うように見つめるが、イサオの表情に変化はない。
「―――――無論あるわけがない。だが、多少武道の心得があるんだろ?その動きに隙がないからな。・・・そこまでしてあの男に入れ込む理由は何だ?」
―――ノンフレームのメガネがキラリと照明に反射するのが目に眩しかった。
「―――――俺は憲太郎の妖精さん。アイツの願いなら何だって叶える。それが俺の大事な役目ってわけ」
変わらずヘラリと笑う男に陽一の目が細められた。
―――いぶかしげなその視線がイサオを射抜いていた。
「―――――それはあの男に惚れているという意味か?」
――――その低い声にイサオはただ肩を竦めていた。
□■□
「――――――あの時か?」
――――不意に陽一の目が包帯の巻かれた手に向けられた。
応えないイサオに陽一の視線はさらにきつくなる。
―――――じりじりっと近づく影にイサオはドアノブを後ろ手に掴んだ。
「―――――恋敵を守るほど、あの男に惚れているのか?」
――――カチン。
ドアに鍵を懸けるその音がことさら大きく生徒会室に響いていた。
「―――――はっ、いいように利用されているってわけか。随分一途じゃないか。私の時は開けっぴろげに誘ってきたと思ったが、好きな男には純情を通すわけか。まぁ、その努力は報われてはいないようだが」
――――イサオは包帯の巻かれた手を振り上げて大いに笑う。
それはまるで挑発するかのように。
「―――――優しい憲太郎はすぐに気づいて介抱してくれたさ。そりゃもう優しくな。突っ込んで出してポイのあんたとはずいぶんな違いだろ?」
刹那、すっと伸びてきた手がドアから動こうとしないイサオの胸ぐらを強引に掴むのだ。
――――近づく視線は沸々とただ怒りに燃えていた。
「――――――オマエっ」
――――地を這うその声に少しも怯えることなくイサオは笑った。
「―――――報われるか報われないか。恋をするのにそんな打算は邪魔なだけだ。俺なら、そんな保険付きの恋は御免だね」
ぐっと首元が閉まっても、イサオは静かに怒るその瞳をただ見つめ返す。
「――――――オマエが『そのドアからどうぞ出て行ってください』とお願いするほど酷い目に合わせてやってもいいんだぞ?」
「―――――さすが、真性のサディスト。怖い怖―――――」
――――パンッッ!!
鼻で笑ったイサオの頬を容赦ない平手が打ちつけていた。
□■□
「――――――――お疲れちゃん」
――――――無理矢理事に及ぶのはする方もされる方も体力を消耗するものなんだろう。
ちらりと見た腕時計は憲太郎が生徒会室を去ってから軽く1時間は経っていた。
――――先ほどようやくご主人様を追いかけることが出来るようになった堀陽一は今頃廊下を疾走している頃だ。
「―――――――っ」
切れた唇を手で押さえれば、綺麗に捲かれた包帯に血がにじんでいた。
―――鉛のように重い体はとても起き上がる気にはなれない。
「―――――俺たちの初めてのチューは血の味ってか。はっ、なくね、それ?」
―――ドアを背にゴンっと頭をぶつけたイサオは大きくため息をついた。
「――――ご主人様の恋はうまくいったかね――?」
―――――ぼーっと宙を見上げれば、皮肉げな声しか出はしない。
今は御得意の笑顔すら浮かべることはできなかった。
□■□
『――――――オマエにする』
その一言で椎名イサオの人生からは多くの自由が消えていった。
だけど、本当は知っていたのだ。
―――心はいつだって自由なんだということを。
しかし、体の伴わないその自由こそ余計に不自由なことはない。
まして、報われない恋に身を焦がすなら。
――――いっそ心の自由すらその一言で奪ってほしかった。
「―――――報われるか報われないか。それで恋を選べるなら、こんな苦労はしやしないね」
―――――ゆっくりとその瞳を閉じれば。
ひんやりとしたドアの冷たさがほてった体を癒してくれた。
End.
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