[携帯モード] [URL送信]

Main
< 恋道7 -大人の恋- >









「――――飯、行くだろ?」



定時を過ぎ残業になったその時間、誰もいなくなったオフィスで当然のようにかけられるその声が常に角田吉昭(かくたよしあき)を脅かす。


低いその声にざわつく心を持てあますからだ。


そして、その手に光る指輪を見つけて目を逸らすのはもう毎晩の恒例行事だった。









「・・・・妻より同僚取ってるといつか愛想尽かされるぞ」



再三忠告するも営業部のトップ、吉昭の同期のその男はただ「ああ」と笑うだけで誘いを止める気はないらしい。


無論、吉昭とて一人1Kのマンションに帰ってコンビニ弁当を胃に収めるだけの夕飯など嬉しくはなかった。


かといって未練たらしい希望をいつまで引き摺る気もない。


早々に打ち砕くためにも同僚には妻の元に帰って欲しかったのだ。









―――――30過ぎて恋人と呼べるものもいない。





仕事が忙しいと言っても世間はそんな理由を信じやしないのだ。


仕事が忙しい身の上でも妻子を持っている現実がそこにあるからだ。


つまり、何か他に原因があると言う訳だ。


性格、性癖、無神経さ、言葉づかい、趣味、思考。


考えられる要因がいくらでもあり、世間はその要因を暴こうと必死だった。


端に夜の酒のネタか世間話のタネにするためだけに他人の生活を暴こうと意気込んでいるのだ。







「―――――オマエ、相変わらず休日出勤してるんだって?課長が複雑な顔してたぞ」





――――30も過ぎると舌の趣味も胃の頑丈さも若いころとは変わるものだ。



脂っこい物や洋食など胃が受け付けなくなってくる。


俄然、欲するのは『御袋の味』というものだ。






「・・・・そうか」


揚げ出し豆腐に箸を入れると吉昭はゆっくりと豆腐を二分する。





「アイツに恋人出来ないのは俺のせいかってな。・・・あれでも気にしてるようだぞ」




豆腐の欠片を口に頬り込み吉昭は嫌悪に顔を歪めた。




――――大人になるとろくなことがない。



人生経験を無駄に積むとわからなくていいものが見えるようになるのだ。







「―――――俺が結婚できない理由が会社の責任、引いては課長の責任にされるのが嫌なだけだ。でなきゃ、既婚者除いて独身ばかり休日出勤させるのを止めればいい。あの課長の下だと独身の出張率あがるの、知ってるだろ?」






――――この恋の先は進入禁止だと恋に落ちたその日にわかる。



だから、大人はカッコ悪い恋をしないのだ。



無駄に心の中に湧きおこる情熱のまま突き進むことはもはやなかった。



吉昭は無言で揚げ出し豆腐の皿を同僚に前に押しやると、ホウレンソウのお浸しに箸を伸ばす。







「・・・・わかってるなら俺が言うことはもうないな」


低いその声にゆっくりと箸を止め、お浸しを見つめがら吉昭は呟いた。






「―――――出来たと言っとけ」




「・・・・・オマエ」





驚いたような声に内心苦笑しながら、箸でお浸しを抓むと口に入れる。


お浸しの善し悪しは野菜の鮮度次第。







――――恋も若いうちがいい。









「―――――恋人ぐらいいる」





いつの間に出された食事を相手の分を考えながら食べれるようになったのか。


そして、いつの間にタイミング良く方便を使えるそんな大人になったのか。


吉昭は小さく笑うとお浸しを咀嚼する。







「・・・・社内か?」




「――――いや。オマエが知らない奴だ」





――――年を取れば思い人に動揺すら知られずに笑いかけることすら簡単だった。








「なら、俺も全力で行かないとな。格好付けてる場合じゃない、か・・・」







――――吉昭はその言葉を不審に思い、再び伸ばしていたお浸しの上で箸を止めた。


振り返れば、さっと目の前に立てられた手に指輪が光っていた。







「――――30過ぎると世間も親もうるさくなる。・・・知ってるか、これフェイクリングって言うらしい」



「・・・・オマエ」






箸を持ったまま固まった吉昭は目を見開いた。






「――――『妻』が『同僚』なら愛想尽かされないと思わないか?」




角田吉昭はタイミングの良い嘘や方便を使い分けるずるい大人をもう一人隣の席に発見していた。




End.

[*前へ][次へ#]
[戻る]


第3回BLove小説漫画コンテスト開催中
[小説ナビ|小説大賞]
無料HPエムペ!