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< 恋道5 -怖れる恋- >
―――――いつも頭を撫でる優しいその手が好きだった。
自分の知らない世界を知っている従兄に憧れを抱いていたのはおそらく周りの目にも明らかだったのだろう。
『―――オマエ、アイツの金魚のフンかよ』
いつか従兄の親友に軽蔑するように言われたその言葉に一瞬喉を詰まらせたことがある。
だが、金魚のフンでも保護者のように守ってくれる従兄の傍にいることが木下望(きのしたのぞむ)にとって一番安堵出来る空間だった。
高校選びに従兄の存在を基準に加えたのは他でもない事実なのだ。
―――――他人と一緒にいることが昔から苦手だった。
誰かの心を気にしながら話すのも大勢いる人間のその場の空気を読みながら動くのも望には到底無理な要望なのだ。
ただひたすら疲れるその日常の中で唯一、その性格を気にかけてくれる従兄だけが望の救いだった。
従兄として保護者として好いていたのだと思う。
「――――あれ、アイツの彼女だぞ」
背中に投げられた言葉は右から左へ流れて行った。
ただ屋上から見える2つの影だけが、望の頭の中を支配していたのだ。
――――『恋愛』とは違うのだと思っていても、ショックを誤魔化しようがない。
優しい従兄の腕をいつまでも独占することはできないと頭では理解していても、現実が目の前に突きつけられればどうしたらいいのかわからなかった。
「・・・オマエ、いいかげん気付けや。いつまで金魚のフンやってるつもりだ?」
皮肉げなその言葉の主のことを優しい従兄は『不器用だが優しい奴』と評していた。
だが、望にとってただ『怖い』印象だけが先行する相手で、その『怖い』が頭を締めれば回らない頭は支離滅裂な言葉を吐かせるのが常だった。
『馬鹿な奴』そう思っているのだろうと思えば、余計に男との空間は恐怖だったのだ。
――――だから、今も望の後ろに立つその男を振り返りはできない。
「・・・・潮時、なんじゃねぇのか?オマエにとっても、アイツにとっても」
――――怖い。
そう思うのに頭に載せられるその手が温かいから木下望はただ背を向けたまま涙を零すしかできなかった。
End.
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