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< 悪魔の花嫁5 >







愛は温かく、恋は面映ゆく。




だから、悪魔は涙を零す。




それはそれは愛おしい思いが。





冷たい心に湧き上がるから――――。















いつだって日比野晶の男らしいその眉を盛大に寄せさせるのは、この300年、情けない悪魔な花婿と相場が決まっていた。


しかし、今日に限ってその絶対的ルールが適用されないのは、何事も世の中には例外と言うものがあるからなのだろう。










「――――なんだ、これがオマエの嫁か」





――――なんだはこちらのセリフだと腕を組んだ晶はそう小さくため息を吐く。



なぜなら、人様の花婿を縄で縛ったあげく、勝手に人の家に押し入った家宅侵入の不審者は平然とリビングテーブルに片足を乗せたうえ、人様の花婿をカーペット代わりに下敷きにしているからである。


ついでに、下から上まで晶を値踏みしたかと思えば開口一番にはこれ呼ばわりである。









「―――――なんだ、これは」






――――立派に大人と呼ばれる年にもなって人様の家にお邪魔するのにマナーという常識を置き忘れてきた無礼者にはやはり容赦など必要ないだろう。


だから、カーペット代わりに踏みつけられている涙目の花婿に晶は逆に問うて見たのだが、残念ながらたまにしか意志疎通の出来ない花婿の言葉は当てにはならない。




「あ、悪魔ですっ・・・」



突然、羽と牙の生えた人間が戸締りされた家に現れて本物の悪魔を縛り上げて偉そうに踏ん反り返るとでも言うのだろうか。



――――聞きたかったのは当然、『友人』か『知り合い』か、それとも『招かれざる客人』かのいずれかの答えに決まっているのだ。


どこで躾を間違えたのか、思わず当てに成らない大型わんこに頭を抱えたくなった晶は今度は大きくため息を吐くしかなかった。









「―――――おい、人間。人間の分際で我を無視するとはいい度胸だな」




――――冷たい目で花婿の上に乗る俺様不審者を見上げた晶は悪魔の中でも花婿の黒装束はまだマシな方なのだと初めて知った。


西洋の王様でもあるまいし、へんてこりんな服装をしたド派手な家宅侵入者に思わず残念な目を向けてしまった晶はとりあえず問答無用で下敷きとなった花婿を助け出す決意をした。


涙目で『晶さん』と呼ぶ普段の情けなさに輪をかけて情けない悪魔のその姿はとてもじゃないが『カッコいい』とは言えない代物であるが、そんな花婿でも晶の立派な『花婿』に違いないからである。








「―――――どけ」






――――ドカッ!!!






問答無用で不審者に蹴りを入れた晶はまるで蓑虫のように縄でぐるぐる巻きにされた情けない花婿の傍に寄ってみたが、縄の結び目を探してみても見当たらず、結局、力任せに涙目の花婿をひっくり返した。


しかし、やはり結び目は見つからないのだから、これはただの縄ではないのかもしれない。






「―――――キサマっ!!!人間の分際でっ!!」



「晶さんっ、逃げてくださいっ!!」







――――深夜に大声をあげられては近所迷惑も甚だしい。



ついでに耳元で大声をあげられた日には耳鳴りとともに頭痛に襲われること間違いない。



無論、その相乗効果で良くはない晶の機嫌がさらに降下したことは言うまでもなかった。









「――――――黙れっっ!!」






日比野家の広いリビングに長男の地獄の一喝が響き渡ると重い重い沈黙がその場を支配する。



――――天下の悪魔が2人揃って恐怖に冷や汗をかくほどに日比野家長男の怒りの形相は恐ろしかったからである。











「―――――そやつが300年以上も前に城出たきり顔も見せぬ。かと思えば人伝に人間を嫁にしたと聞いてな。ちょうどよいから人間界観光ついでに遊びにきてやったのだ」



人様の家では静かにしろ、遠慮なく人間に一発入れられた頭を撫でながら、ふんとばかりにソファに踏ん反り返った不審者はどうやら花婿の『知り合い』らしい。


もっとも、そうでなければ悪魔がお宅訪問などありえない話である。


しかし、今更そんな事実を知ったところで『はい、そうですか』と『花嫁』として礼儀を尽くそうにも今となっては時すでに遅しである。






――――『我は魔王だ』と威張り腐る客人を一体どうしたものか。


晶は俺様不審者に呆れの目を向けると処置室から取ってきたメスで『晶さん、ゴメンナサイ』と情けない声をあげる花婿の縄をすっぱりと切り落とした。








「―――――そうか。なら、さっさと観光に行ってこい、魔王とやら」




うむと悩むように考え始めた自称魔王に『悪魔の花嫁』ならぬ『悪魔な花嫁』がその手に握るメスを大いに輝かせる。


これ以上マイホームで騒ぎを起こされるのは御免なうえ、厄介者の匂いのする自称魔王などさっさと追い払うにこしたことはないとそう思って当然ではないだろうか。





「――――晶さん・・・本当にゴメンナサイ」




まして、おそらく魔界で一番偉いのだろう『魔王様』に今更、悪魔の花婿を返せと言われても300年も大切にしてきたこの恋を返品するなどおいそれと出来ることではないのだ。






―――――返せと言われれば、無論手に握ったそのメスで勝てぬとわかっていても戦いを挑まねばなるまい。


カーペットの代わりに不審者に踏みつけられた悪魔の花婿を見たその時に日比野晶はそう覚悟を決めていたのである。







「―――――人間、そやつの正体を知っているのか?」




黒装束に身を包み、涙目をした我が家のわんこが魔界で一体どんな存在なのか、晶はそんなことを露も知りはしない。


けれど、招かれざる知り合いが我が屋の壁に大きな風穴を開けたことを先ほどから必死で謝るその優しい人柄は今いるその世界が魔界だろうと人間界だろうと決して変わりはしないのだとそう知っているのだ。






――――300年間も馬鹿の一つ覚えのようにこの家の屋根に止まって、たいして価値のない人間をずっと愛し続けるようなそんな優しい花婿を『悪魔な花嫁』は見た目以上に大切に思っている。


だから、無意識に情けない悪魔の花婿を背に庇う『悪魔な花嫁』に自称魔王の不可思議な視線が向けられるのだ。




「―――――なるほど、知らぬようだな。見たところ、長寿と多少の悪魔の能力を受けたと見えるが、そんな力では下級の悪魔にもまして魔王である我にも勝てはせぬぞ」



不敵に笑って何やら手の中に光る玉を作り出す自称魔王に、しかし日比野家長男は不思議と怯えることはない。


300年、大切な人の命が手の間から零れて落ちて行くその中でたった一つだけ残された宝物を一瞬の恐怖と引き換えに出来るほど日比野晶は無駄に年をとったつもりはなかった。


例え自称魔王が本物の魔王であろうとただ一つこの胸に抱える宝物だけが、この家の長男が決められた人間の寿命を歪めてまで長く生きているその理由なのだ。







「―――――晶さんっ!!!」




――――情けない花婿はここにきてようやく異常に気付いたのか、耳を垂らしてばかりのわんこと思いきやぴんと張った背筋で生来の男前さを取り戻す。


その姿は常日頃からは見ることのできない番犬もかくやという男らしさであるが、悪魔の花婿の前に立ちはだかるのは自称魔王でもましてはリビングの大きなテーブルでもなかった。





――――ただ揺るがない背中を見せる『悪魔な花嫁』からの不器用な愛なのだ。





「どいてくださいっ、晶さんっ!!・・・魔王様っ!!!」



「ろくに300年、食事を取ってはなかろうオマエが何を言う。最低限の力しか残っておらぬのだろうが・・・よもや食事を取らせぬ花嫁が居ようとはのう」





―――――途端にしまったとばかりに青ざめ、あっさり『情けない花婿』に戻った悪魔に自称魔王が首を傾げてしまっても致し方ないことである。









「―――――――腹が減ったら言え。そう言ったぞ、俺は」




なぜなら、自称魔王はまだ日比野家長男、『悪魔な花嫁』の真の恐ろしさを知らないからである。


地獄から来ましたと言わんばかりの低い声とともに先ほどまで微動だにしなかったその背があっさりと振り返れば、そこにいるのは悪魔の大好きな『俺様な花嫁』である。


だが、いかんせんその顔には余計なタコマークがプラスされていることに花婿はごくりと生唾を飲み込むのだ。


しかも、光り輝くメスをその手に持ったままのある意味、花婿念願の『お医者様プレイ』だったが、もともと白い悪魔な花婿の顔はもはや白を通り越して青くなっていた。







「・・・あ、あの晶さん?・・・その・・・・ゴメンサイっ!!」





―――――無論、正直に頭を下げる一見情けないが実は心優しい悪魔の花婿が人間の花嫁の体を毎日気遣っているのは『俺様な花嫁』だってちゃんとわかっている。


それでも、大切に思うのはお互い様で、強情な『俺様花嫁』だって優しい花婿の体を気遣っているのだから仕方がない。


むしろ、相手が優しいと知っているだけに気づかなかった自分もちょっとだけ情けないと思った花嫁は自分に対しても憤りを感じているのだが、その花嫁の非を責めずにその分まで『ゴメンナサイ』をする下げられたその頭には花嫁だっていつまでも怒っている訳にはいかないのだ。


だから、犬も食わぬなんとやら、愛のお互い様を続ける新婚夫婦に片肘ついて呆れた溜息を吐くのは存在を忘れ去られた自称魔王の方なのである。





「――――――尻に敷かれおって・・・」



ぽつりと呟き零れると一陣の風を起こして壁の大穴から消えていった自称魔王がちょっぴり羨ましそうに『99番目の花嫁でも探してみるか』っと呟いたことを誰も知るはずはなかった。













『――――よりによって人間など嫁にしよって、魔界第2位のオマエには他に相応しい者がいくらでもおろうが・・・』




―――――結局、壁に大穴を開けに来た招かれざる客は返ってこない部下の生活を心配していたのだとわんこな悪魔にもわかっていた。


愛しい者の手でしか逝けぬ悪魔が300年前、血だらけで城に戻ったその時、真っ先に心配してくれたのは幼馴染でもある魔界の王様だったからである。


だから、花嫁を再び手にしたその時に一度顔を出しておけば済んだ話なのだろうが、いかんせん嫁をもらったとあれば『見せろ』と騒ぐであろう上司に報告することは出来なかった。


なぜなら、人間は下等動物、否それ以下だという風潮の魔界に人間である花嫁を連れていくのは危険なうえ、守り抜く力を取り戻すには花嫁の体に無理を強いることになるからだ。







―――――けれど、それはどこまで行っても建前でしかなく、本当はこの家での2人だけの生活が何よりも替え難く大切だったからだと悪魔の花婿は知っている。


思った以上に強くて男らしい『俺様な花嫁』が本当は心の優しい不器用な人だと知っている花婿は魔界の地位でも悪魔の力の強さでもない、ただ本当の自分をありのままに見てくれる愛しい人との生活がとても幸せだったのである。






―――――悪魔の正体がバレたその時に涙を流しながらナイフを手に握ったその人を魔界に連れて行ってまで苦しませるのはもう嫌だった。


大切な家族を悪魔である自分が奪ったうえに生そのものを歪めてしまっているのだ。さらに大切な人の優しさの限界を試すようなそんな真似はしたくはなかったのである。






「―――――おい、いつか向こうに連れていけよ。オマエを心配してる奴らもいるんだろうが・・・」



だけど、不器用に囁かれるその言葉が故郷である魔界も全てひっくるめてオマエなのだと下手な花婿の気遣いを一蹴するから、花嫁の男前さにはこの先も一生敵わないのかもしれない。


魔王相手に立ちはだかったその愛しい背中に情けない花婿はこつんと額をつけると静かに降参して目を閉じるしかないのだ。







「――――――晶さん・・・あなたが、すごく大切なんです」






――――悪魔が泣かないなんて一体誰が決めたのだろう。



ベッドの上で背中に擦り寄る頭には温かい男らしいその手がまるで『知っている』と言わんばかりにぽんぽんと乗せられるから、真っ暗闇に隠されて湿った布地の冷たさが横たわる花嫁にその貴重な悪魔の涙の所在を伝えるのである。











愛は温かく、恋は切なく。



あなたが大切だと。



悪魔は涙を零す。









――――愛おしい思いがどうかあなたに伝わりますように。















「・・・・晶さん、食べてもいいですか?」






―――――天下の悪魔様くせに情けなくて泣き上戸な花婿でもちゃんと俺様な花嫁を幸せな気分にさせるその方法を知っている。


じっと行儀良く『待て』を実行する大型わんこには苦笑しながらも『しょうがない奴』とばかりに温かいその腕は伸ばされるのだ。



――――だから、俺様花嫁のその苦笑がポーズでしかないことを知っている悪魔はただ伸ばされるその腕に温かい愛の証拠を見つけて嬉しそうに微笑むのである。



無論、大型わんこの幸せそうなその笑顔が俺様な花嫁とびきりのお気に入りであることを情けない花婿だってちゃんと知っているからだ。






――――やっと昇って来た朝日が壁に大穴を開けた日比野家に驚くまで後もう数刻の時が迫ったとある日の深夜の出来事である。






End.

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