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< Bad Timing >
――――差し出したその手がかなりの間放置されてしまえば誰だって居心地悪くなるのも当然である。
無論、辻隆也の隣を行く山岸少年もご多分に漏れずショックを隠しきれない哀しい瞳で目の前の人物を見あげていた。
―――――だが、どうやら少年の予想に反してまだ未来の親友にフられた訳ではないらしい。
目の前のライバル兼未来の親友候補の視線はなんと少年を飛び越えてその背後を凝視したまま固まっていたのだ。
「――――――えっと、辻?」
――――いつか頭の上にお花を飛ばしていた同室者はとても柔らかい表情で携帯電話を片時も離さずに見つめていた。
それはそれは大切そうに両手で抱えて、いじっては止めいじって止めを繰り返すから誰かに何かを必死に伝えようとしているのだろうとそう気がついたのだ。
普段、眉ひとつ動かさないと噂のライバルが同世代の少年たちと同じように何かに動揺するその様子は当時、山岸少年をひどく驚かせた。
――――強化練習という名の扱きにすぐに弱音を吐いてしまった年頃のライバル達の中にあって、唯一凛と背筋を伸ばしたまま黙々と練習をこなすその背中は数日間しかない強化合宿の間、とても浮いた存在だった。
表情は乏しいし、進んで会話の輪に入ろうとすることもない背の高い同室者はとても整った顔していた分、余計に凄みがあったのだ。
ましてその態度は練習に来たのであって慣れ合うためではないとそう語るような潔さが秘められていたため、同世代の少年たちから当然のように敬遠されていたのである。
――――もしかしたらただ真面目なだけなのだろうか。
まさかの花を頭に咲かせる同室者を見てしまってから数日、合宿が終わったその日にもし今度出会えたら友達に立候補してみようと凛々しい背中を見送った山岸少年は、幸運にも間を空けず再びその背に出会うことができた。
――――夏のインターハイ。
俄然勢いを増したその好奇心を抱えて、2位を獲得したハイジャンプのスーパースターに競技後どうやって声をかけようと悩んでさえいたのに、いざその時が巡ってくればあっさり声をかけたいその相手は消えた後で、まるで失恋でもしたかのように意気消沈した彼である。
そんな未来のお友達候補をまさかの近隣で発見できたなら、思わず手が伸びてしまうのは当然ではなかろうか。
――――何しろハイジャンパーという人種は限りあるチャンスを生かしてこその競技選手なのだ。
「―――――まさかのスル―っかい。・・・結構、こっちも恥ずかしかったりするんですけど?」
だから、ちょっとだけいじけてしまった山岸少年が好奇心からそっけないどころか眼中外ですと言わんばかりの片思いのお友達の視線を追ってしまったのはきっと自然なことなのだろう。
だが、数日同じ空間で暮らした同室者に顔と名前も覚えてもらえず、それどころかインターハイでは憧れのライバルにあっさり肩すかしをくらった彼はおそろく不運の下に生まれた到底ハイジャンパーには向かないその運命なのだ。
なぜなら、限り有るチャンスを生かすどころか、やることなすこと悉くタイミングが悪すぎるからである。
「―――――おい、何してる」
―――――山岸少年が脳裏に描いた『今日こそ友達を始めよう計画』は彼自身のタイミングの悪さで暗雲垂れこめるどころか、すでに風前の灯だった。
原因は地鳴りがするのではないかと思われるほど低いその声を発して、偉そうに腕を組む仁王立ちの男の存在に間違いはない。
思わず背筋に悪寒の走った山岸少年が内心、今日もお友達は諦めようとガックリ肩を落としたのは致し方のないことだろう。
なぜなら、仁王立ちするその男の表情はそれはもう恐ろしいとしか表現できないほどにお怒りだったからである。
「―――――俺って不幸すぎやしないか・・・・」
ぽつりと呟かれたその山岸少年の言葉を拾ってくれる優しい人間は残念ながら、その場にはいなかった。
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