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< The One & Other >







―――――無口のうえ無愛想、ついでに無表情で強面な辻隆也にとって『大切な人』という名札が付けられた引き出しの中に入るのはとても限られた人間である。


口は悪いけれど本当はとても優しい幼馴染。今は一緒には住んでいないけれど隆也の背中を温かく見守ってくれる二人の両親とその連れ合い。それから最近家族になった愛犬に、頭は薄いけれど情は厚い陸上顧問。


いつも笑っている幼馴染の王子様に、素敵な場所をくれる学校や学校の生徒達。中でも隆也が一番大切だと思うのは、いつもスパスパと煙草を吸う舌打ちばかりの不機嫌そうなその人である。






――――自分にとって『大切な人』を誰かと比べる必要なんてどこにもない。


ただ大切だと思えることが幸せで、その笑顔にほっこりぬくもりを感じて、傍にいられる幸運に感謝する。


だから、『大切な人』を引き出しから取り出して、1人、2人と数えて誰かと比べるよりもその『大切な人』の笑顔をずっと見ていられるように毎日を頑張りたいとそう思う。


多いも少ないもそれはもともと数えられるものではないから、ただ気持ちのままに大切に出来ればそれでいいのだと辻隆也はそう考えているのだ。





――――ただそうして、『大切な人』に愛情が偏る分、代わりに放置されてしまうのが『その他の人』という引き出しであるのは言うまでもない。



人間分類法にクエスチョンマークを飛ばすような辻隆也にとってその引き出しを整理するのは困難を極める。


毎年クラスメートが変わるたびに顔と名を一致させることに長い道のりをかける隆也には、接触の少ない人の顔や名前を覚えるのがとても苦手だったのである。








「―――――うーん。その顔・・・・もしかしなくても気づいてない?」




―――――慣れ慣れしい仕草で笑顔の不審者に腕を回された場合、一体どんな反応をするのが『一般的』なのだろうか。


残念なことに強面とも鉄仮面とも言われる辻隆也には過去、不審者に腕を回されるどころか、親しげにクラスメートに肩を叩かれた記憶すらない。


気づけば『一般的』から大きく脱線し、むしろ枠をはみ出している自覚すらない無口な陸上少年はただただ内心首を傾げるだけなのである。







「え、マジで言ってる?・・・俺、泣いていい?」







―――――顔が少し近すぎやしないだろうか。



どんどん近づいてくる苦笑の相手を見てなぜ泣く必要があるのかその理由に思い当たらない辻隆也は思わずその勢いに顔を引いてしまった。






「おーい、俺だって俺、俺・・・・・地味にショック。いや、知ってたけど。やっぱ俺って眼中になかったんだ」



それこそ人様の鼻先で手を振って視界を妨げるのが新手のオレオレ詐欺ならば、がっくり首を項垂れるのは普通、詐欺の被害者の役目なのではなかろうか。


先行く人の混み合うの中、しゃがみ込みそうな勢いで心底哀しそうに見えたかと思えば、まるで一人漫才をするように次から次へと弾丸トークをくり出す詐欺師を隆也はただ不思議そうに見つめるしかなかった。






「・・・・っていうか、なぜに無反応?俺って影薄い?嫌われてる?そうゆうこと?」



しかし、ちっとも詐欺師らしくないその男は突然顔を挙げると「俺、山岸肇。合宿、同室だったんだけど・・・ま、改めまして」と目を輝かせるものだから、隆也はぼんやり家に置いてきた元気な愛犬を思い出してしまうのである。







「――――お友達からお願いします」





――――頭を下げて威勢良く手を差し出す山岸少年の瞳は愛犬と同じ明るい茶色だった。







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