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< The Attention in the City >








「・・・・・・・・」





―――――辻隆也は空を愛するハイジャンパーである。


それも年の入った陸上部顧問の手を煩わせることなく食事から練習法に至るまでしっかり計画する力の入れようで、そんじょそこらの陸上少年などそれはもう目ではないと言うほどに好きなものには一直線な少年である。


とどのつまり、普段の生活を部活中心に送っている陸上少年が人の集まる街にくり出すのは、ハイジャンプに必要な大切なスパイクや助走の目印となるテープを消耗した時などに決まったスポーツ品店を訪れるぐらいのもので、決して年頃の少年たちのように都会の街に慣れ親しむような彼ではなかった。






「―――――ちっ」





―――――大きな交差点を挟んで繁華街の広がる都会の街の人々にとって信号機の前に佇む人ほど邪魔なものはない。




日に何千人、何万人が行き交うその交差点で目の前に立ちすくまれては歩行の邪魔というのが先を急ぐ都会人の本音だろう。



だからといって舌打ちされたところで、どちらの方向に足を進めたら良いのか見当もつかない辻隆也にとって方向の指針はたった一人なのだ。



そして、その特別な一人の背中を見失ってしまった今、完全に人の群れに置いてきぼりを食らわされてしまうのも致し方ないことだった。








「―――――はぁ」





――――ぽつねんと横断歩道脇に捨て置かれた辻隆也は人混みに小さくため息を吐く。




実は今日の待ち合わせ場所に現れた出会い頭の恋人の機嫌があまり良くないとそう鈍感な彼だってすぐに気づくことができていたのだ。




――――隆也の怒りっぽい恋人は不機嫌になると速足になるせっかちさんだから、持ち主の機嫌に反比例するその長い足の速さは便利な恋人専用、簡易ご機嫌測量計なのである。




だから、今日の足の速さからこれは気をつけないといけないと知っていた隆也なのに、うっかりぼーっとしていたら前から来た人にぶつかって、気づいた時にはそのモデルのような長い足を見失ってしまっていたのだ。





「―――――――」




隆也は無言で恨めしそうに信号機を見上げて見るけれど、無機質な機械が大好きな人の笑顔をするわけでも、まして大好きな人の居場所を教えてくれるわけでもなかった。






――――やはりからかわれることを覚悟で腹黒な幼馴染に素直に相談しておけばよかった。





デートなるものに着ていく服など所詮、陸上少年に思いつけという方が無理がある。





――――思わず下を向いて唇を噛みしめた隆也だけれど、そうしたところで迷子の現実は変わらないどころか、恋人の機嫌が急浮上することも、まして見失った背中が現れることすらないとちゃんと理解している。






―――――待ち合わせ場所に現れた今日の連れ合いが間違ってもお洒落とは言えない格好だったから、モデルようにカッコいいその人は気分を害してしまったのかもしれない。




なぜなら、いつもはそっと伸ばされるはずの隆也の大好きなその手は、今日に限って伸びる気配すら見せなかったからだ。




だから、今辻隆也がしなければいけないことは過去を後悔して溜息を吐くことではなく、逸れてしまって心配しているであろう大好きなその人にちゃんと『ごめんなさい』と頭を下げることなのだとそう思う。





――――足を止めてから合計3度目の甲高い信号機の音が交差点内に大きく響く。



一斉に動きだす人の群れに押しつぶされそうになりながら、心は迷走中、体は迷子中の恋に迷える青少年はその感情の現れぬ顔に密やかな焦りの色を浮かべると待ち合わせ場所となった駅へ戻ろうと歩行者の邪魔を始めて数十分後、ようやくその足を踏み出していた。






――――しかし、恋に迷える青少年、辻隆也は傍目には無口、無表情、無愛想を地で行くが、それゆえ独自の雰囲気を持っている青年なのである。



その存在は人混みにあると一種、特別に目立つ何かのオーラを発しているといっても過言ではない。



だからこそ、待ち合わせの場所に戻った隆也がこれぞ現代社会の迷子対策とも言える携帯電話に手を伸ばし、いざ押さんと発信ボタンを押そうとしたところで、その手は簡単に止められてしまうのである。






「―――――手相を見せてもらえませんか?お急ぎなのはわかっているんですが、1分でいいんです。すぐ終わりますから。先ほどからアナタを見ていたのですが、他の方とは違うオーラがあるようで・・・」





――――突然、横から現れた見ず知らずの他人様はそれはもう人懐っこい笑顔で笑っていた。





都会慣れしていない青年が都会人が行き来する大きな駅前をほっつき歩くとどうなるか。




顔は無表情、心は有表情、ついでに態度は無愛想で心は純粋マイペースの人の良い青年が駅前で手を出せと笑顔でお願いされてどうゆう対応をするのがべストなのか、知っているはずはない。


まして過剰なほど過保護な恋人が傍にいない今、止めてくれるような優しい保護者も近所の雷オヤジなるものもこの場所に居ないのだ。






「――――ありがとうございます!すぐ済みますから」




案の定、警戒心もなくそのまま無表情気味に手を差し出した隆也はきっと笑顔の相手から一分で解放されることはないだろう。




―――――『知らない人には気をつけましょう』


こと人が多く事件事故の多発する大都会では守らなければいけない常識中の常識なのであるが『他人には無関心』も大都会を代表する冷たい現実だった。



だからといって、このまま人の良い青年が都会の餌食と化すのかと思えば、意外と神様というものは日頃の行いを見ているものなのだ。







「―――――――おいっ!!」




肩を強引に掴まれたその体はあっという間に引き寄せられたかと思うと自然な形で駅前の人の流れに飲まれて気づけば隆也の体は携帯を手に歩き出していた。



当然のように肩に腕を回す隣の人影を見上げた隆也は表情は変わらないものの内心ひどく驚いた。





「――――――よう、久しぶり」





――――なぜなら、そこには到底名前も顔も思い出せない笑顔の他人様第二号がいたからである。





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