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< The Platooning >






『これからもよろしくね』的デートにひょっこり初心者マークが付いていても元色男はやっぱり腐っても元色男なのだ。





―――――氷川亨はデートのコツというものをよく知っている。


デートとは本来、相手を楽しませるものであり、その笑顔に自分が喜ぶものである。


または二人で何か楽しむものであり、互いの笑顔に互いが喜ぶものである。


つまり、一人で突っ走るようなデートに『レッツ!ネクスト♪』がないことを経験からよく理解している亨なのだ。




だから、狩人たる者、相手がふっと目を輝かせる瞬間や声のトーンが高くなるその時を詳細に見極めて相手が何を話題にすれば楽しいと思うのか、相手がどんなものに興味を示すのか、よく観察することが重要である。





―――――が、理解していても実践できないということもこれまた世の中には付きものであることを忘れてはいけない。









「―――――――先輩」




――――『好き』という気持ちが本気であればあるほど心に壁は作れない。


恋のパンチは良い意味でも悪い意味でもダイレクトに恋する者の心を揺さぶるものなのである。









「――――――ちっ」



―――――生徒会役員でもないただ強いだけの陸上部員が可愛い『学園のお姫様』の幼馴染だからと言って『騎士様』というニックネームで生徒達に騒がれるはずがない。


亨は背中にかかった小さな声に思わず舌打ちすると人が驚いて脇道へ逸れるほどの速足をようやくストップさせた。






―――学生服でさえ『騎士様』の異名を持つ恋人が『ちょっとお洒落な格好』をすればどうなるかぐらい想像に難くはないのに、うっかり『初デート』の響きに気を取られそこを失念していた亨は人混みの中に愛しい恋人を見つけた途端、問答無用で眉を顰めた。



それも『ちょっとお洒落な格好』ですらない。






―――――ただのTシャツとジーンズだけで十分人目を惹くその青年はさながら咲き誇る花のように周囲の人間に値踏みされていたのだ。


ほど良く筋肉のついたスレンダーなその姿は明らかにスタイルの良さが全面に出ているから服を来ていたってその曲線の美しさは隠せない。


白いシャツが小麦色の肌をより一層健康的に見せれば、その好青年っぷりといったらいかんともしがたいのだ。




――――込み合う人混みにあってそこだけが爽やかな風の通る異世界に見えるのは一体なぜなのだろうか。








―――――空を愛する陸上少年にジャージ以外のものを着せてはならない。



氷川亨はデートの待ち合わせ場所を若者のもっとも集まる街の大きな駅前にしたことをとても悔んだ。



だけど、本当の意味で後悔したのは何の罪もない健気な恋人を嫉妬のあまり置いてきてしまったのだと気づいた今この時なのである。







「―――――――おい」



―――――振り返ったその先に残念ながら愛しい恋人の姿は見当たらないから、ただ溢れかえるほどの人の群れに亨は目を見開くしかないのだ。




いつだって自分の後をカルガモ親子のように無言でついてくる健気な恋人が愛おしかった。



なぜなら、振り返れば真摯なその眼差しがいつも『あなたが大切です』とそう語ってくれるからだ。






「――――――ちっ。馬鹿がっ」



――――待ち合わせ場所近くの横断歩道の向かいでただ自分だけを見つめるその瞳に出会った時の喜びをどう表現したらいいのかよくわからない。


同時に一心に自分を見つめる大切な恋人の視線の先を追ってくる邪魔な視線の苛立たしさといったら、片っ端らから殴りつけてやりたいほどだった。



それだけ人の視線を集める恋人を『学園』という名のまだ自分の息のかかった場所ではない『危険区域』に連れてきてしまったのだと思うと『デート』なんて柄にもない誘いするべきではなかったのだと亨は今更後悔していた。






―――――亨が半ば強制的に押しかける恋人の家にはいつだってほっこり温かい幸せが用意されていて、二人だけのちょっぴり刺激的でちょこっと甘い世界がそこには広がっている。


それだけで十分素敵な日々なのだけれど、家事も部活も学校も精一杯頑張ってしまう『健気な恋人』がいつだって『我儘な王様』の願いばかりを優先させてしまうことを氷川亨はちゃんと知っているのだ。





―――――そっと差し出される温かい食事も無言で用意される一番風呂も、知らぬ間に皺にならないようにハンガーに通される制服でさえ、『好き』という優しい気持ちがいっぱい詰まっている。


果てはテレビのリモコンだって当然のように差し出される始末だから、氷川亨が訪れる家の家主が『主』の字の意味を理解しているのか大変疑わしい。






――――ー体いつまで恋人を『お客様』扱いする気なのだろうか。



大切で大切でそれこそ自分で誘った『デート』と言えども他人の目に晒すのはやっぱり嫌だと思ってしまった我儘な王様の恋人はその可愛い口で『お願い』の1つも言ってはくれない。


だから、やっと扱ぎ付けたこの『デート』にはもちろん『初デート記念』なる多大な意味もあったのだが、本当は『健気な恋人』を喜ばせたい『我儘な王様』なりの愛の気持ちがこんもり籠もっていたのである。


むろん、ハードスケジュールの恋人を持ち、いつだって『夜は野獣』になりたくても我慢を強いられることたびたびの思春期真っ只中の青少年が山盛りの下心も持参済みであることは言うまでもない。


だが、あわよくば『年上の余裕』というカッコよさを見せつけてやりたいとまで願ったのにいざ当日になったなら愚かな自分の嫉妬深さでのっけから失敗である。









――――全く持って馬鹿は自分なのである。



氷川亨は姿の見えないカルガモの子を探して人混みの中を走り出す。





――――男前で健気な陸上青年にうっかり『我儘な王様』が運命の恋を感じてしまってからというのもの『年上の余裕』が回復できる見込みはますます減っていく一方なのであった。




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あきゅろす。
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