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< 狼の焦燥 狐の本音7 >








―――――冷たい夜の余韻を消し去るように昇り始めた太陽は薄いその窓ガラスを暖める。



射し込んだ白い明かりにぼんやりと照らされて行く部屋の室内には一筋の白い紫煙が舞い踊り、うっそりとした無言の静寂が流れていた。





ゆらり。



ゆらり。





―――――昇る竜が如く天を目指すその紫煙はしかし、一人の男の周囲を静かに巡るだけで伝説の力強さはそこには見えない。


ただ男らしいその無骨な指の間で短くなった煙草の先がジリジリと静寂の裏に隠された熱情を語るように燃えていた。








トン。






―――――おもむろにベッドテーブルに置かれた灰皿に長い腕を伸ばし、男は伸びた煙草の灰を落とす。



ベッドヘッドを背にする男の脇にはようやく眠りにつくことが出来た今宵の情事の相手が今はトレードマークのその笑みを治め、ただ静かに眠っていた。






フ――――――。




男の目が一瞬その眠る横顔を捉えるとその口からは大きな紫煙が吐きだされる。




―――――冷酷で残忍と謳われるその男の視線に密やかな穏やかさが込められていたことを眠っている相手もましてこの学園の誰も知る良しもない。


瞬時に消えたその優しさとも甘さともとれる穏やかさは冷たい双眸の奥にひっそりと隠され、ただその男だけが知ることのできる感情なのかもしれない。







「―――――はっ、オマエにかかればとんだ甘ちゃんってわけだ、この俺さえもな・・・」



小さく鼻を鳴らした男の自嘲気味の言葉が夜から朝へと変貌する一種特有の沈黙の中に静かに溶け込んで消えていく。




――――ゆっくりと逸らされたその視線の先にはガラステーブルの上に投げ出された小さな鍵が見えていた。








『――――――出せよ』



小さな密室で秘密の関係を代償に手に入れた他人の部屋の鍵は果たして秤にかけるほどの価値があったのか。



その答えを知る男はだからこそ、ただ自分を笑うのだ。







――――ちっぽけなその鍵の存在すら許せない深く根づいたその盲執を。





頭の回る相手との追いかけっこは人生灰色だと嘆いて暮らすよりずっといい。


唇を噛みしめるその苦々しさも手に届く喜びも生きているのだとそう男に語りかけるからだ。








『―――――――股開いて俺の部屋で待ってろっとまで言わねぇが、いつまで他人の部屋に逃げ込んでるつもりだ?』






―――――だが、他の男に『残り香』を感じたその瞬間は震えるほどの激情とともに男に業火の炎を灯した。







「――――――ちっ」




一瞬にして殺意の籠もった瞳が白い紫煙を切り裂くように宙に向けられれば、先ほどまで眠る獅子の如くただ冷たいだけだった美貌が今や獣のような危うさを解き放つ。






チュン。



チュン。




場違いなのは雀の鳴き声の方なのだと夜の闇を引き寄せる険呑なそのオーラが語っていた。





―――――寡黙な生徒会書記から密やかなその香水の香りを嗅いだ瞬間の憤怒は類を見ない強さで男の激情を刺激した。



その香りが他の男の部屋を満たしているのかと思えば、無罪だろうが有罪だろうがその人物を見る目に殺気が籠もるのを止める術などない。








そのうえ退学など。









――――許せるはずもない。










「――――――くそが・・・」






冷たい双眸に怒りの炎を燃やした男はその目を細めるとギリっと歯に力を込める。






『――――何、センセ。俺と遊びたいの?』






――――笑い狐のタチの悪い遊びは常に狼にとって歓迎されるそれではない。




殊更愉悦を含むその笑みは最高の誘惑ではあるが、しかし自分に向けられたものではないその笑みは力任せに引き剥がしてやりたいほどの衝動に駆られるのだ。


タチの悪い確信犯の罠と知っていても理性と感情とは明らかに別物だった。







――――沸々と再び怒りが湧き上がるのを感じて男はすっと眠る男に目をやった。





しかし、眠れる色男はまだ目覚めない。





――――いつもは愉悦と余裕をちらつかせる瞳が今は静かに閉じられ、甘いマスクだけを張りつけたその寝顔はミステリアスな雰囲気を醸すことなく、ただ朝日の中いつになく優しげに見えていた。



程よく焼けた肌の上に銀色のチェーンが流れ、美しいラインを晒す鎖骨には男の付けた情痕が色濃く残っている。



すっと視線を下に下げた男は規則正しく上下するその日に焼けた胸を見て、何かを思案するかのようにゆっくりとその瞳を閉じた。








フ――――――。






―――――やがて男の口から吐き出された最後の紫煙が一筋の道を静寂する部屋に作り出せば、獣がゆっくりと身を起こすようにその冷たい双眸に鋭い光が宿るのだ。



グッと灰皿に押し付けられた煙草から火が消えゆく頃には、男の無骨な手が当然のようにシーツに伸びていた。











「――――――俺は言ったぜ?」






囁かれるその言葉は。





愉悦を含んで。






低く。




甘い。







「――――今度は火傷だけじゃ済まねぇってな」



明らかな欲望をちらつかせて獲物を甚振る獣の如く楽しげな声が眠る男の顔に落ちていった。







――――――シュッ。




シーツという名のただ邪魔なだけの布切れがなくなれば、そこには最高の好物が朝日の中美しい裸体を晒し出す。




――――静かに上下するその胸にゆっくりと伸しかかる大きな影はしなやかで獰猛な獣が忍びよるその合図だった。




晒される大腿部をゆっくりと無骨な手が撫でると力任せに足首を掴んで男はただ冷たく笑う。


舐めた指をゆっくりと秘所に突き入れればいつもは頑なに男を拒むそこは簡単に指を受け入れた。






「――――いつもこうだといいがな」





ゆっくり。



ゆっくり。





お気に入りのその場所を。





――――捏ねまわす。





「・・・・ぁ・・・」





眠っている男がかすかに苦悶の表情を浮かべ密やかな声を零していた。









――――新任の数学教師が学園に関係を公にすると口にしたその時、男の心には狂喜すら湧いたのだ。


むしろ、この腕の中に欲しいその相手を捕まえるまたとないチャンスだと。


しかし、同時にあの教師が言うように男が欲しいその人物はそう易々と関係を認めるような素直で純粋な人間ではないことも理解していた。





――――もしそんな人間であったなら、男は執着などしなかっただろう。


足を引きずり下ろしても腹を力任せに殴りつけても、その確かな双眸を揺るがすことなく立ち上がり、余裕をちらつかせてニヤリと笑う。




そんな男が相手だからこそこの灰色の視界で初めて"色づいて"見えたのだ。





鮮やかなその存在は。




愉悦という名の高ぶりと。




独占と言う名の熱情。




そして。








――――盲執という名の苦渋を呼び覚ました。






だからこそ、マグマのように沸々と燃え上がるこの激情と取り換えにするには他人の鍵などちっぽけな存在に過ぎないのだ。









「―――――足りない分はこの体できっちり払ってもらうぜ、色男」



眠る男は返事を返さなかったが、男はただその冷淡な顔に獰猛な笑みを浮かべ、舌舐めずりをするとゆっくりと持ちあげた足を肩にかけて己の熱情を一気に咥えこませた。








「・・ぁっ・・・!、くっ!!」





――――獲物がゆっくりと瞼を開けるその様子を冷たくただ細めた目だけが笑っていた。








「――――意外と早いお目覚めだな」




目覚めた相手の瞳は驚愕と怒りに燃え、瞬時に男を締め始めた体に冷たい笑いが漏れる。







「――――だが、まずは目覚めちまったコイツを大人しくさせるのが先だ」







酷薄に。





冷淡に。







――――獰猛さを隠しもせず。









「――――付き合えよ。コイツを大人しくできるのはオマエの可愛いココだけだからな」







――――朝日を背後に絶対の君主は冷たく笑っていた。




End.

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