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< Stray Sheep 3 >
―――――真夜中のコンドレは海風が強い。
しかし、自分の故郷ほどではないとキースは思った。彼の生まれ故郷であるカラン砂漠は、生きるのには厳しい環境だ。
例え昼の灼熱に耐えられても、夜には目の開けられない砂嵐と身の凍るような寒さが待っている。水も木もなく、動物すら滅多に見ることは無い。そんなところでキースは生まれ育った。おかげでそれと気づかぬほど彼はマイペースで我慢強かった。
――――満点の星空に覗く月を見上げながら、キースは町から郊外へ続く田舎道をぶらぶらと行く。左右を森に囲まれた、舗装されていないその道は、それでも10人は軽く通れる幅がある。
そこらに転がる石を蹴飛ばして、キースはジンの茎を噛みながら鼻歌を歌った。森の上に浮かび上がる月と狼たちの遠吠えに、キースはどこかわくわくしていたのだ。
そうして、ぶらぶらと歩きながらキースは地を揺るがす振動に気がついた。
―――おそらく数十台の馬車がこちらに向かって来ているのだろう。
キースはだんだんと近づいてくる滑車や馬の足音に、にやりと笑った。そして、道を横に逸れ手ごろな木の後に隠れた。
やがて、やって来たのは数十台の荷馬車とそれを守るように護衛する男たちだ。皆一様に屈強な体つきをしており、武術に長けていることが伺える。馬もよく調教されているところを見ても、ただのゴロツキ連中には見えなかった。
荷馬車や馬に取り釣られたランプが浮かび上がらせる男たちに、キースは目を細めた。
「―――ふ〜ん、噂は本当ってことか・・・・」
キースは彼らが通り過ぎるのを待って、噛みすぎて味の無くなったジンの茎を吐き捨て通りに戻る。
ゆっくりと男たちの通った場所にしゃがみ込むと、荷車の轍は地面に食い込むようにして、男たちの消えた方向に続いていた。
「・・・・どんな重いもの積んでるのかね〜、お馬さんたちもとんだ災難だ」
荷馬車の食い込みに触れるとキースは立ち上がった。ここは、東の森へと続く道。東の森の向こう側には、悪名高きゴラム帝国がある。
―――キースはニヤリと笑った。
あの荷物の重さではどこかで休憩しなければ馬が駄目になってしまう。それでなくても、東の森は“迷い森”と呼ばれる北の樹海の1つである。おそらく、先ほどの男たちは、この近場で休みを取るはずである。
キースは再び脇の森に入ると先ほどの荷馬車を追って走り出した。
彼の故郷は確かに北の大地の広大なカラン砂漠だが、カラン砂漠の周囲は“迷い森”と名づけられた林や森の樹海で覆われている。外国人や街の人間にとっては、そこは死を意味するが、キースにとって庭のようなものである。
人にはわからない樹海の獣道。
―――――彼はそれを“見る”ことが出来た。
道から外れた人工的に切り開かれた森、そこには真新しい大きな木の家が存在していた。家と言っても、作りはどこかの倉庫のような簡単なもので、何やら白い布で覆われた荷物がびっしりと積み上げられている。家の外には納屋もあり、その中には多くの馬が藁で出来たベッドで休んでいた。
キースは積荷に紛れて、男たちの話を伺った。数十人の男たちの間で、明らかにリーダー的存在の男と小太りの商人が話し合っている。
「・・・・だんな方、もう勘弁してください」
小太りの男が情けない声で、目の前の屈強な男に訴えた。男は、顔に恐れを表している気弱な男を軽蔑したように見た。
「――――今更、何を言っているジョナサン。おまえは故郷を裏切って我々についたのだろう?」
小太りの男は額に浮いた汗を手ぬぐいでふき取ると、困ったように笑った。
「あっしが怖いのはこの薄気味悪い森でっさー、ギムレのだんな。この土地は、北の古代人たちのもんだ。ザイアンでもゴラムのもんでもない。・・・・古代人たちにはどこでも目を飛ばすことが出来るって言い伝えもある。だから北の大地で悪さしようとすると、何かしら厄災が降り懸かる。・・・・ここらに棲むもんなら誰でも知ってますがな」
「――――なら、安心するんだな。もうすぐ、この北の大地もザイアンも、全てゴラム帝国のものになる。第一、古代人などと、そんなものは迷信に過ぎん。誰も見たことなどないのだからな。・・・・下らんことを言う暇があったら、おまえの仕事をきちんとこなすんだな。・・・・でなければ、古代人ではなくこの私がおまえを殺すぞ?」
冷ややかな視線を受けて、小太りの商人は、しきりにわかってますと呟いた。キースはそれを聞きながら、ゆっくりと手元の白い布を挙げた。
―――それは箱だった。
しかし、その中身を見ずとも、それが何であるか、キースにはわかっていた。
突然、キースはそこで小さくため息を吐いた。
――――それは、自分の喉下に鋭いナイフの切っ先が突きつけられていることに気づいていたからだ。
「・・・・・見つかっちゃった」
キースはゆっくりと後を振り返る。
――――そこにいたのは例の海賊だった。
End.
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