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< Stray Sheep 1 >




東西南北を海に囲まれたドーナツのようなエリストレア大陸、その中央には壮大な中海が広がる。エリストレア大陸は今、大きく6つの国から成り立っていた。


西の広大な領域を治める農業国クジャ、南の小さな工業国アドーレと発展途上の貧しいイージャ王国がある。

そして東には、もっとも強大な力を持つゴラム帝国、しかし農業国クジャと運河を挟まれ、ゴラム帝国とは険しいジラハン山脈に挟まれた北は、砂漠地帯が70%を占める未開発の地でポツリポツリと住む小数民だけで未だに国は成り立っていない。

最後の6つ目の国は、北の陸地ではなく、中海にある。中海に点々と存在する島を束ねた海賊の国であり、商業の国でもあるザイアンである。


ザイアンは不毛な北の大地と中海の境界までをその領地としそこには多くの港町が存在した。



―――その中でもっとも大きな港町をコンドレといった。





黒い大きなマントを頭から被った背の高い男は大木で出来た街の門を潜ると小さく笑った。らくだを撫でて気を収めながら、街を歩く。




「――――相変わらずにぎやかな町だねー・・」


男は黒いマントの下からキラリと灰色の目を光らせて呟いた。

活気のある港町はガタイの良い水夫や商売熱心な商売人、そして北の砂漠から買い付けに来た民で喧騒と活気が溢れている。

海からやってくる潮風にのってカモメたちは空を舞い、野良犬たちは陸揚げされた魚たちに鼻を効かせていた。街の人々は、皆陽気で楽しそうだ。

キースは北の砂漠でしか取れない、強い麻薬作用のあるジンの茎を噛みながら、酒場を目指した。







――――チリンッ。


昼間から海の男たちで溢れた酒場はキースにとっても極楽である。キースは妖艶な女たちを値踏みしながらカウンターに腰を下ろした。







「――――オヤジさん、酒ちょうだい、酒」



マントを被ったままの男に中年腹の男は一瞬眉を潜めたが、直ぐに気さくな対応で酒を置く。キースは、金を払うと礼を言った。




「おまえさん、北から来たのかい?」



「そうさ。俺は生まれも育ちもカラン砂漠の色男さ」



酒場のオヤジは豪快に笑った。しかし、キースがフードを下ろすと途端に苦笑する。



「その面じゃ、そうだろうよ」



――――キースは生まれてこの方、女に不自由したことがない。


砂漠民特有の日に焼けた肌と肩まである黒いちりぢりの髪、薄い灰色の瞳と長い睫毛、薄い唇とすっと高く伸びた鼻は折られたことなど一度もない。加えて均整の取れた長身で、根っから女好きとくれば、それも当然だろう。





―――――ネックがあるとすればそれはその軽い頭だけだ。






「――――でしょ?」



キースはジンの茎を銜えてあっけらかんと笑った。そうして、酒のジョッキに口をつけようとした時、不意に酒場が静まり返ったのだ。




酒場のオヤジが息を止めたように入り口を見ている。キースはあらら?と1人呟いてオヤジの視線を追った。





――――そして、目だけでニヤリと笑うのだ。



入り口には、屈強な男たちが立っていた。どの男たちもどっしりと構えていて、只者ではないことが伺える。腰に吊るされた武器が、それを結論付ける。巨大な剣や珍しい飛び道具、中にはハンマーや錘のついた鎖をもった男もいた。

どうみても漁師には見えず、まして一様に上半身は裸に近い格好からして海軍にも見えない。




・・・・あるとすれば、商船の傭兵か、海賊だろう。





「・・・・や、奴らだ・・・・」


オヤジの狼狽した呟きにキースはのんきな声で奴らって?と聞き返した。




「―――“死神”の奴らさ」



へぇ〜と呟いてキースはニンマリと笑わずにはいられなかった。





―――――こりゃ楽しめそうだ。



ザイアンは世界の中心に位置し、交通、すなわち物資が集まるという重要な役割を担っている。

農業国クジャと鉱山の多い工業国アドーレから出る食料や武器などの品物は、ほとんどザイアンの海路を通って帝国へ流れる。また帝国からの物資はザイアンを通って、他の国へ流れる。


陸路もあるが、北の砂漠や南の山賊のリスクを負ってまで遠回りするより、ザイアンに通行料や税金を納め、最短で輸出入するのが得策というわけだ。

しかし、ザイアンはもともと海賊たちの国。治安が良いとはお世辞にも言えず、外国人には容赦のない国だ。それでも料金を払えばザイアンの海軍がある程度は守ってくれる。

・・・・もっとも海軍も敵わず政府が捕らえることの出来ない海賊もいる。

その中でもっとも最強として商人に恐れられているのが独眼のデュラン・マックウィン率いる大海賊団である。どこからともなく現れて、人だろうと物だろうと気に入ったものは何でも奪ってゆく。

皆殺しすら辞さないころから、“会えば死ぬ死神”と呼ばれているのだ。頭のデュランだけでなく、数十人の幹部すら目の飛び出るような高額の賞金首だが、未だに誰一人として、その首を取ったものはおろか傷つけた者もいないと言われている。


―――息が詰まるような空気の中、入り口の男たちがゆっくりと二手に分かれた。その奥から数人の男たちが乱暴な足音立てて歩き出てくる。その中の1人を見て、キースはニヤリと笑った。


―――銀色の尖った短い髪をターバンで片目を隠すように斜めに結んだ男だ。



「―――なるほど、噂どおりの良い男じゃん?」


呟くように1人ごちてキースは酒を飲んだ。しかし、その目は絶えず1人の男に注がれていた。

堂々と人の垣根の間を歩いてくる独眼の男は、白いサラシを日に焼けた体に巻いて、黒いコート羽織っている。首と耳にはたくさんの金飾り、口には太い高級葉巻。たくさんポケットのついた黒いズボンは皮のベルトで止められて、横には大きなサバイバルナイフが数本。ひどく背が高く、しなやかな筋肉がきっちりとついている。


しかし、注目するべきは、残された片目だろうとキースは思った。それはキースと同じ。






―――――心を映し出さない灰色の瞳だ。






「――――――オヤジ、酒だ」


低く冷たい声で告げると男は空いた奥のテーブルにドカリと腰を下ろす。それに続いて、傍の男たちも座り始め、くだらない話に花を咲かしはじめた。それを見て、酒場の連中は皆騒ぎ出す。


海賊と言えども、こちらからちょっかい出さなければ、ザイアンの民にとっては無害の連中だ。ある意味ではザイアンの財源を潤す英雄とも言える。


酒場のオヤジは慌てて酒のジョッキを運び、女たちはこぞって奥のテーブルへ向かっていった。キースは離れていった女たちに、あ〜あと呟くとジョッキを口に運んだ。


しかし、その耳は、海賊の話を聞き漏らさぬように鋭い聴覚を発揮していた。くだらない話が続き、ふっとキースはひっかかる内容を耳にした。




「・・・・デュラン、今夜から始めるのか?」



「――――当然だ。そのためにここに来たんだからな」


「ならば、早速偵察と行きましょう」



どうやら何かをしにコンドレの街を訪れたようだ。キースはその用事にひどく興味を感じた。しかし、その後に続いた意味のない言葉から察するに、今日はもう収穫はないだろう。キースはフードを被ると、ゆっくりと立ち上がった。

だが、耳を集中させていたせいか、立ち上がり際に誰かにぶつかった。相手は手に酒を持っていたのだろう。盛大に酒を被ってしまったようだ。


キースはあれまぁと、のんきに呟いて、ごめんごめんと素直に謝った。しかし、それが悪かったのか、ガタイの良い男は怒りに顔を染めた。





「―――てめぇ、それで謝ってるつもりか!?ふざけんなぁ!!」



ガンっとカウンターに叩きつけられたジョッキが盛大に割れる。その音に、店中の人間がキースとその相手に目を向けた。しかし、キースは顔色も変えずにへらへらと笑った。



「あっれ〜、怒っちゃったみたい、な?」


キースの軽い言葉に切れた男が、野郎と低く唸ってキースに掴みがかった。その手をすばやく捻り挙げて、ニヤリと不適に笑う。




「―――――やるの?」

一瞬、すっと細められた目に痛みにうめきながら男の目が揺れる。それを見てとって、キースはゆっくりと腕を離してやった。


キースは喧嘩が嫌いではない。しかし、自分より弱い相手とやるのはつまらない。


くちゃくちゃとジンの葉を噛んで、男にどうする?と視線で問いかける。しかし、これで引き下がっては店中の笑いものだ。


―――男が何か言いかけようとした瞬間、独眼の海賊と同じテーブルに座る眼鏡をかけたひょろっとした男が立ち上がった。椅子の動く音で場が凍りつく。







「――――タンク」




―――――あらら、海賊のお仲だったってわけね?


キースは黒いフードの中で1人ほくそ笑んた。




「シェイラさん、止めないでください」



「そうだそうだ。やらせてやんな。おもしれーじゃん?」



シェイラと呼ばれた男の隣に座っていた紅い髪の男が大きく笑う。しかし、すぐにシェイラという男に頭を叩かれて、男は黙った。





「――――タンク」



もう一度名を呼ばれて、キースの目の前の男はしぶしぶ席へ向かう。しかし、去り際、覚えてろよの常等文句は忘れなかった。


だから、キースは覚えてるよ〜っと返してやったのだ。一層キツい視線に睨まれながら、キースは出口に向かった。またあの海賊たちと出会うだろうと彼は直観していた。



――――――この先、楽しみだねぇ。




キースは黒いマントに隠されてひそやかに笑っていた。


End.

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