[携帯モード] [URL送信]

Main
< Versus 5-1 >








焦がれ続けたその手が必死で抱える哀しい恋はこの先、失われる運命にあるとわかっていても。




―――――この手を伸ばすことは叶わない。







なぜなら、薄汚れたこの手こそが大切に抱えられたその恋を無残に引き裂くその手なのだから。







――――出来るのはただ・・・。






この手に抱えるもうひとつの恋を。








―――――手向けに捧げることだけだった。










■□■













「――――――なぜだ」






――――静かなその問いかけに返す答えを椎名イサオは持ってはいない。






「――――――何が?」



紫煙が風に流れていくのをただ屋上の手すりに捕まってイサオはボーっと眺めていた。


―――――風が靡けばせっかく朝からセットしていた髪も簡単に乱れる。







―――――だから、この恋の嵐も誰も止めることができないのだろう。








「―――――――どうしてオマエは・・・・」





苦々しいその声にゆっくり振り返ったイサオはそこに殊更哀しそうなご主人様の目を見つけた。


――――やはり長い間連れ添った幼馴染には『嘘つき妖精』の選ぶ道がわかってしまうのか。







「―――――欲しいものを取りにいくのさ。ご主人様の言った通りに」






ヘラヘラ笑ったその顔を真面目な目が叱責する。







「―――――それは本当にオマエの欲しいものか?」






――――『やめろ』と告げる目にただイサオは笑い返すことしかできなかった。




『主人と影』

『主人と犬』

『主人と妖精』



呼び名が何であろうと主従関係に変わりはない。


――――だから、『主』の意味を正確に理解していない男に椎名イサオはただ笑う。






「―――――愚問ってやつですよ」


風に踊るようなその軽い言葉にただ痛々しいと言いたげにその目がそっと伏せられた。






サァァァァァァ。






――――背後で零れた小さな溜息が風にあっという間に流れされる。









「――――――イサオ。俺たちはどこから間違ったのだろうな」








―――――ぽつりと漏らされたその言葉にイサオの目が一瞬これまでの人生を反芻するかのように憂いを含む。


しかし、イサオはその憂いを振り切るとただ哀しそうなその目を見えないことにした。









「――――――間違いも正解にすれば間違いじゃなくなるってもんよ?」








サァァァァァァ。







――――――強い一陣の風が屋上に立ちつくす二人の男に吹きつけて、彼らの髪を揺らしていった。










■□■










――――――――生徒会議長とEricaのギターが付き合いだした。


しかも、Ericaのギターは生徒会長の幼馴染らしい。


では転校生は身限られたのか。






――――噂が学園に走りだせば都合の良いことに観衆の目は再び動き出す。


自体は混戦模様を極めたが、椎名イサオのすることに変わりはない。






―――――ただ愛され平凡と生徒会長、生徒会議長と人気バンドマンの4人がいる現場は格段に多く見られるようになっていた。


むろん、ぞろぞろと背後には転校生並びに有名人一家が顔を揃えている。






「――――――イサオ・・・・」


会うたび会うたび哀しそうに名を呼んで転校生は唯一価値あるその美しい顔を下に向ける。


―――――恋に恋した転校生をイサオはどうすることもできないし、どうする気にもならない。


できれば愛され平凡への当たりを減らすために精々周りを巻き込んで愛されてくれとしか言いようがない。





―――――あわよくばコレを機に気づけばいい。





『周囲を見ることの大切さを』


『相手を見ることの重要性を』





もちろん、やりすぎは禁物だ。





――――――どこかの誰かのように。








「―――――自分の首自分で絞める気持ちってどう?意外とマゾなんじゃね、議長ってさ」






――――前を歩く愛され平凡と生徒会会長の背中を見ながら、イサオは両手を頭の後ろに回してのんきに口笛を吹いた。



校内の廊下を温かい日中の日差しが包み込み、傍目には穏やかな光景が広がっている。



―――――こちらを向くことのない隣の人物はきっと怒りに燃えた目をしていることだろう。






「―――――オマエが言えるセリフか?」





―――――案の定返ってきたその声は低く厳しい。


しかし、その言葉は確かに確信をつくものだったのかもしれない。






「―――――いやいや、切ないねー、恋って」


何かを振り払うようにぼやいたイサオに隣の男はもう何の反応も示さない。







―――――ただその目が二人の前を歩く小さな背中に向けられていることをイサオは見なくてもわかっていた。




[*前へ][次へ#]
[戻る]


あきゅろす。
[小説ナビ|小説大賞]
無料HPエムペ!