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< 狼の焦燥 狐の本音2 >
「―――――――んっ・・・っ」
――――――白い蛍光灯が無機質な小さな空間を照らし出し、何の飾り毛もない左右の壁がその窮屈さを助長する。
ゆるやかな揺れを感じながら、ようやく執拗な口づけから逃れた神崎卓は大きく乱れた息を吐き出していた。
真っ暗闇に包まれた寮塔のエレベータが白い明かりとともに口を開けた瞬間、小さくはない神崎卓の体は乱暴に壁に叩きつけられたのだ。
――――その痛みがまだジンジンと背中に残っている。
拘束された右手はギリギリと痛んで覆いかぶさる男の胸を突く左手にもいつか限界が来るだろう。
――――それでも項を掴む大きな手が強くその熱情を伝えるから、まるで呼応するように熱くなる自分の体に気づいてただ無意識に舌打ちするだけだった。
「――――――飢えてるね、コーヘー君」
――――煽るその言葉に返されたのはただ重い沈黙で代わりのように動き出した意地の悪い舌が耳を舐めるだけなのだ。
主に似て傍若無人のその舌が問答無用で耳の穴に差し込まれれば、濡れた淫猥な音が"流されろ"と獲物の脳を揺さぶる。
――――――ガンッ!!
ぞろりと背中を走るその甘美な感覚に思わず横向きに仰け反った視界には男の背後で無情に閉まりゆく鉄の扉が映っていた。
クチュ。
チュ。
―――――小さな密室に密やかに零れるその音は背徳的な行為をより淫猥により妖艶に変容させる。
無理矢理齎される快楽に思わず肩で耳を庇おうとしたが、その体を責めるように首を掴んだ強靭な手が力任せに顔を上に向かせるのだ。
反射的に挑むように睨みつけた神崎卓の視線の先で。
―――――じっとりと熱と欲望を秘めたその瞳が。
凶暴で。
強引な。
―――――愛を語る。
「――――――腹を空かせた狼がどんだけ飢えてるか知りたいんだろ?」
――――淫猥で甘美なその誘惑が小さな密室に木霊して神崎卓の脳を打つのだ。
そっと耳元に寄せられた唇は低い魅惑的な声でゆっくりと優しく奈落の底へとエスコートする。
「――――――教えてやるよ」
紡がれたその言葉は。
まるで肌をなぞるように。
ぞろり。
ぞろり。
「――――――この体に。たっぷりとな」
――――脳を焼く。
項をゆっくりとなぞるその指に一瞬目を閉じた隙に、シャツの裾から入り込んだ強引な手が脇腹を撫でまわす。
殊更。
――――優しく。
「―――――――っ」
途端、沈黙するその空間に微かな吐息が交っていた。
ウゥゥゥゥ―――――ン。
しかし、突然、密やかな機械音とともに動き出した小さな箱に流れたのは淫らで妖艶な色ではなく、ただ一瞬の緊張だった。
――――そして、その緊張がまるで磁石のように両極端の反応を生み出させる。
「――――――ちっ」
小さく目を細めた神崎卓の表情を追って獣が笑う。
―――冷酷に。
残忍に。
凶悪に。
「――――――喜べよ、色男。とびっきりステキな公開ショ―の始まりってわけだ」
―――――いつもと立場を逆転して獰猛な獣が心底楽しそうに笑っていた。
――――――寮塔の一階には食堂や談話室があるが消灯の過ぎたこの時間にはすでに人の気配はない。
しかし、最上階の特別階との間には一般階があり、当然寝静まったとは言え起きてエレベータを使用する者もいるのだろう。
まだ特別階へのボタンを押していないこの小さなエレベーターが動き出したとすれば、それはすなわち、この場にいる者以外の誰かがボタンを押したからに違いないのだ。
「――――――コーへー君」
――――――諭すようなその声に返る言葉はない。
ただ掴まれた腕のその力が。
近づいてくる大きな胸が。
行為を止める気はさらさらないのだと。
――――無言で語る。
「―――――どうする?頭の回る狐さんよ」
―――――睨みつける視線とニヤニヤ笑うその視線が真っ向から交錯して緊迫した空気が頂点を期していた。
ウィィィィ――――――ン。
――――――しかし、無情にも睨み合う二人を他所に無機質なその小さな箱は動きを止める気配ない。
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