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< The Heat Robber >






―――――無口・無表情・無愛想な辻隆也は見るからにスポーツ少年である。


切れ長の目に小麦色の肌、日に痛んだ髪は赤茶で、ぐんと背の高いそのスレンダーな肢体には若者特有のしなやかさが隠されているから『少年』というよりは『青年』に見えてもおかしくはない。


だから、後はニッと白い歯を見せて笑っていれば俄然人気者間違いなしなのだけれど、残念ながらリアクションが極端に薄い彼はその端正な顔が災いしてとても強面に見えるのだ。


本当はとても優しくてマイペースな彼なのに見た目のクールで硬派なイメージがとことん一人歩きしているため『学園の騎士様』と生徒達には距離を置かれるその存在なのである。






――――猛烈な暑さがやってきた7月末。


学園が夏休みに入った今はしかし、その硬派で派手な通称を呼ぶ者は誰もいない。

もっとも素面で『騎士様』と声をかける勇気のある者はほとんどいないから、存外本人は親しんでいないその通称である。







クゥゥゥゥン。クゥゥゥゥン。





――――擦り寄る小さなぬくもりにそっと手を伸ばして辻隆也は思わず本日何度目かの溜息を吐つ。



見るからに目の前に広がっているのは嵐が通った後なのかと疑わしい洋服の洪水で、家主以外の者がその様子を見たならば間違いなく警察に通報していただろう。



―――――あながちその読みは間違ってはいない。



ただ盗まれたのは部屋の金目のものでも何でもなく、荒れた部屋の中で溜息つく家主の『ハート』なのであった。







「――――どうしよう」






――――洋服の山を前に溜息をつく『学園の騎士様』は今年インターハイ2位の名誉ある地位を獲得したハイジャンパーだ。

地元紙や陸上雑誌を騒がせるそのエースに普段プライベートな時間を楽しむほどの時間の余裕があるはずがなかった。

一人暮らしの学生スポーツマンは『学校、練習、家事、恋愛』ととっても忙しいその身の上なのである。

特に最後の『恋愛』に至っては最近ひょっこり現れた新カテゴリーであるため、不慣れな隆也にとっては頭を悩ませることがとても多い。







『―――――オマエの隣は一生俺のもんなんだ』




――――この夏、隆也にとっても素敵なプレゼントを贈ってくれた大好きなその人は、デートの待ち合わせにジャージ姿のスポーツ少年が現れたら一体どんな顔をするだろう。




擦り寄る子犬をじっと見つめて見るけれど、残念ながらその無垢な瞳を眺めていても、子犬が魔法使いに変身することなどないのである。

ましてベッドの上のジャージたちがあっという間に美しいドレスに変身することもない。

だから、辻隆也の形の良い唇からは再び小さな溜息が零れることになるのだ。





―――――空を愛する陸上青年は空を愛し過ぎるあまり、外行きの服をあまり持ってはいなかったのである。







―――――初めて大好きな人とデートをするならば、やっぱり大好きな人に喜んでもらいたいものだ。


とはいえ、どうみても男の子な辻隆也に相手が何を期待しているかなど到底わかるはずもないからして『大好きなその人に恥を掻かせたくない』とそう結論に至るわけだ。






――――隆也の大好きな王様は文句なしにカッコいい。


モデルも顔負けの容姿で色男と呼ばれるぐらいの人だから、何を着たって人目を惹くに違いない。

その横に立てば誰だって霞むこと間違いなしだから、今更頑張ったところでどうにもできないことなのだけれど、少なくとも『ジャージ姿のスポーツ少年』だけは避けて大好きなその人に恥をかかせない『マシ』な格好をしたいとそう願う。




――――――スタイルの良い背格好で小作りなその顔にはシンプルな洋服でさえよく映えるのだということを、残念ながらその通称の意味を理解していない『学園の騎士様』が気づくことはない。





「―――――――チビ」





クゥゥゥゥゥン。





――――――だから、途方に暮れたように子犬を見つめる『学園の騎士様』は小さなぬくもりを抱きしめてここ数日溜息の嵐を起こしているのだ。





『俺様ハート泥棒』に『ハート』を盗まれた恋する青少年は悩みが尽きないのである。





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