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< Versus 3-1 >








――――伸ばされたその手はか細い相手の肩に触れることができずに躊躇して拳を握った。






だから。







―――――ああ、その手は。








恋をしているのだと。








―――――椎名イサオは気がついた。









■□■








「―――――――湊に気安く触れるな」






―――少女漫画ではあるまいし、そんな直球勝負をする人間が現実にいたら腹がよじれるほどおかしいに決まっている。



しかし、現実はやはり小説より奇なり。








「――――――気安くなければ触れていいのか?」







―――――だから、大の男の睨み合いは今日も続いている。










「――――――皆さん、愛の補給のお時間ですよ♪」



この学園の愛され平凡No.1川野湊を前に睨み合うこの学園の生徒会長、上ノ越憲太郎と生徒会議長、堀陽一を横目にイサオはヒラヒラ手を振って生徒会室を後にする。











「―――――おい、煙草は止めろっと言ったろうが」



大きなその声が背中を追ってきてもイサオはただその言葉を締め出すようにドアを閉めるだけなのだ。











――――パタン。










この学園の生徒会長と愛され平凡No.1の距離が見るからに縮まって一週間。







―――――――この学園は生徒会長と生徒会議長の熾烈なバトルに揺れている。







■□■









サァァァァァ。








――――屋上から見る空はただ青く澄み切って、時折校庭から聞こえる部活者の青い声がイサオの耳を擽っていた。


白い煙草の煙は速い風の流れにのってあっという間に消えて行く。










軍配がどちらに上がるのか。






―――――椎名イサオに興味はない。





なぜなら、イサオはただ淡々と御主人様の願いを叶えるだけの『妖精さん』だからだ。











「―――――魔法をかけてやるのさ」





――――甘い呪文を囁いて御主人様を守るのが仕事。




それ以外には何も出来ることはない。








――――報われない恋を報われようとも思ってはいなかった。








――――戦いの女神ヴァルキュリアは絶対主オーディンのために地上で優れた戦士を探し出してはオーディンの元に連れかえるのがその役目だいう。


そして、その役目のために戦いの女神に恋は許されない。






――――恋をしたヴァルキュリアは戦士の命を奪って天界に連れかえるその使命が果たせないからだ。


だから、恋をしたヴァルキュリアは天界から追放される。










「―――――恋はご法度」







――――愛する者に触れられない。


それだけ戦士に恋をしたヴァルキュリアの議長には不利な戦いが続くだろう。








――――思いは膨らむだけで。







だけど。






サァァァァァ。






――――その思いも風に流れてしまうから、同じヴァルキュリアに恋をした哀れなイサオの手には何も残りはしないのだ。







■□■








「―――――陽一、あの会長も、止めてください・・・」


始終困ったような表情の愛され平凡は愛する者たちの心を尚熱くするだけだろう。









「んま―――――いっ!!」




――――火花散る会長と議長を尻目にのんきにビーフシチューに舌鼓を打つ転校生はある意味で大物だった。










「――――――毎度ながらおばちゃんの腕100点」



食堂中の注目を集めるその有名人たちを見つけるのは隣の席のクラスメートを探すより簡単だ。







―――――転校生の手にしたスプーンを横からかっ攫ったイサオはのんびり口を動かした。


ぽかんとする転校生を無視してぽりぽりと頬を掻くイサオの視線が向けられているのは蠢く野次馬たちの壁だ。









「――――今日もお仕事?イサオ君ったらマジ偉いんじゃね?」



イサオの口元近くでぷるぷると震えるのはスプーンを握る転校生のその腕だった。










「―――――だから、なんなんだオマエは――――――!!!!」




――――転校生の大声が響き渡るその寸前、椎名イサオの姿はあっさりとその場から消えていた。









■□■







―――――グシャッ!!!!






火花を散らしていた会長も議長も、その間に挟まれた愛され平凡も、大声をあげた転校生自身でさえピタリとその動きを止めた。




―――――シーンと静まり返った食堂中の生徒達の視線の先には、突然投げられた生卵に当たってしまったアーモンド色の髪をした背の高い生徒がいる。










「――――俺美容には結構気を使ってるから、SKU以外のパックって信用しない主義なんだけど?」





――――受け損ねて手の間から零れた卵黄をぺろりと舐めるとそのV系青年はアーモンド色の瞳をキラリと輝かせた。










『あれって・・・!!』

『―――――イサオ様!!』

『誰!?Ericaのイサオ様に卵なんて投げた奴!?』








――――この学園の軽音学部に属する『Erica:エリカ』と呼ばれてるV系バンドには熱狂的ファンがいる。


普段の学園生活の中でどこで何をしているのか生態すら謎なそのバンドはステージにあがるその時にしかファンに姿を見せることはなかったが、それがまたファンたちを余計に惹き寄せていた。


だから、廊下ですれ違うことはあっても、教室には表れることも食堂に顔出すことも稀なバンドマンに食堂中の視線が集まるのは致し方ないことなのだ。








「―――――オマエ、何イサオ?」




――――そのファンにとっては神に近いメンバのシャツをちょいちょいと引っ張る転校生は憎い以外の何ものでもない。









「―――――俺が気になる?"声10点"」




シャツを引っ張る子供を振り返り、椎名イサオがヘラリと笑う。






「声10点じゃないっ!!俺の名前はあか――――」








『キャ――――――――!!!』





唇の触れ合った転校生と秘密主義のバンドマンが印象的で食堂にいる生徒達には生卵の行き先が本当はどこだったのか考える余裕はないだろう。





――――――椎名イサオには甘い呪文を囁いて御主人様の願い事を叶える以外には何も出来ることはない。







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あきゅろす。
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