Main < リベンジ 2 > 「はい。ツン君。あ――――ん♪」 ――――突き出されたスプーンに淡い溜息をつく年頃の青少年、和田勉は近頃肩身がめっきり狭い。 クラス中から突き刺さる視線は何てことはないのだけれど、廊下を歩こうものならこそこそと女の子達が尾びれをつける。 『――――瑞樹君の彼女らしいよ』 『あれがっ?噂の?!』 『え―――――っ!なんか意外じゃない?ってゆーか瑞樹君可哀そ―――!』 「―――――ツン君食べないの?俺に食べさせてもらうの嫌?」 近頃の下馬評を思うとコテンと首を傾げた親友のその笑顔に余計に溜息が出てしまう勉なのである。 『――――ツン君最高!もう愛しちゃってる!』 幸いなことに軽いその言葉はもう使われることはなくなったけれど、不幸なことに変わりの言葉が現れた。 「―――――俺達恋人だよね?」 ―――――二言目にはこれである。 「――――はぁ」 ――――いつだってうまい言葉で言うことを聞かせようとする親友に和田勉の溜息は今日も止まらないのである。 □■□ 『―――――ごめん。俺の彼女さびしがり屋だから。ちょっとしたことでもすぐ不安になるし・・・悪いけど遊びにいけないんだ』 『君のことすごくかわいいと思うけど、俺、一度愛した人は見捨てられないから・・・』 ―――――それは彼女に託けた体のよい御断り方法である。 すなわち、印象の悪さを彼女に向けて自分の印象を守り抜こうというその姿勢は人柱を立てたのと同義なのだ。 『瑞樹君本当は別れたいんだわ。きっと』 『――――優しいよね、瑞樹君。それなのに・・・』 ―――――現状を打破する方法を一生懸命考えてみた。 学校にくれば女生徒から向けられるその痛い視線に耐えかねたのも1つの理由ではあるけれど、このまま笑ってごり押しのダメ人間に引き摺られてはいけないと思うのだ。 そろそろ誰かがダメ人間に教えてあげるべきなんだと思う。 ――――世の中顔だけではわたっていけないのだと。 だから、それほど出来の良くないお頭をフル回転させてうんうん唸った勉は一つの解決方法を導き出した。 「―――――先生」 ――――授業中、突然席を立った和田勉にクラス中の視線が突き刺さる。 「―――――――どうした、和田?」 訝しげにこちらを見た教師に勉は真剣なまなざしで口を開くのだ。 ―――――きっと神様だってわかってくれると思う。 □■□ 「―――――――先生、俺・・・男だし・・・未成年だから・・・やっぱり、やっぱり、そうゆう大人の関係はまだ早いと思うっ!!」 ――――ぎゅっと手を握って、それはもう必死に教師に訴えてみた。 緊張から声が震えてしまったのはある意味でラッキーと言えるかもしれない。 ――――突然、とんでもないことを大声で叫んだ悩める青少年にどうリアクションをしていいのかわからないのはたぶん教師だけではなかったのだろう。 カチンと時の止まったクラスに勉の必死な声が尚響くのだ。 「―――――それに・・・こうゆうことは相手の気持ちに流されたら、相手にだって失礼だよね??」 ――――――しかし、必死なその問いかけに応える者がいるはずはない。 思いあまってと言わんばかりに「あ・・・」と呟いた青年は、慌てた様子で教室を去るのみである。 ピシャッ!!!! ―――――静まり返った教室をドアの向こうに押しやって、和田勉は大きく肩で深呼吸をした。 「―――――――桑野っ!!まさか、おまえ・・・!!」 沈黙の後、教師の怒声が教室中に響き渡れば、聞き耳を立てていた和田勉はドアを背にうんうんと大きく頷くのだ。 ―――――ここ一週間、夜な夜な鏡の前に立った勉の努力はこうして報われたのである。 □■□ 「――――ツン君?」 じとーっと見つめてくるその瞳に少しだけ罪悪感を感じるけれど、仮免の恋人を見つけたら、まず和田勉は猛ダッシュで逃げることにしている。 「―――――あ。また逃げられた・・・」 伸ばした手をそのままに固まったダメ人間にカマっていられる余裕など勉にはない。 なぜなら、今、和田勉は人生の大きな岐路に立っているからである。 ――――――人生にはこれはっと思う局面がある。 それはまるで今後の人生を暗示させるような"その時"である。 ――――このままダメ人間の言いなりになるようでは和田勉の人生はお先真っ暗だ。 言いように他人の餌食されてそれこそ骨も残らずに儚い被害者人生を迎えるに決まっているのだ。 ―――――ここは勇気を振りしぼらなければいけない"その時"に違いない。 ――――それはきっと親友のダメ人間のためでもあるはずだ。 うんうんっと無言で頷く和田勉の最近の隠れ家は暗い階段の下に出来た小さな空間である。 ――――廊下を歩く通行人は明らかにおかしなその場所で一人体育座りをして頷く生徒を不審げな視線で見つめていた。 □■□ ――――和田勉の知るダメ人間はとってもとっても飽き性なのだ。 それは見事にポイっとアクセサリのように女の子を付け変えるし、一度着た服だって二度着ることはない。 新機種が出るたび変わる携帯電話には早々メルアド登録を諦めることにした勉なのだ。 ――――だから、ちょっと我慢すれば狙い通りすぐに諦めてくれる。 そう思っていたのに、隠れんぼはいつの間にか追いかけっこになり、その距離は毎日じりじりと詰められていく。 「――――――俺達恋人だよね?」 ――――哀しそうなその声に足を止めてしまったのがいけなかったんだと思う。 振り返った廊下の先でダメ人間がじっと泣きそうな目でこちらを見るから、勉の心はちょっとだけ動揺してしまったのだ。 「――――ツン君。俺、待つよ」 ――――だから、勉はその不穏な言葉に足を止めたことをとっても後悔するのである。 「――――――男なんて関係ない。俺、ツン君が好きだから、良いって言うまで待つよ」 ―――――コテンと困ったように笑うその笑顔に勉が弱いのだときっとダメ人間は知っている。 これは逃げるしかないっと走り出そうとした勉なのだけれど、すでに群がった野次馬が見事な壁を築いているものだから、その計画は実行に移せそうにないのだ。 「―――――無理言ってごめんね、ツン君。でもチューぐらいは許してね?」 ――――知らぬ間に背後に出現した温かい体がぎゅっと勉を抱きしめるから、逃げ場のない体はがっくりと頭を垂れるしかなかった。 見知らぬ生徒たちの拍手に勉が言いようのない複雑な気分を味わったのは言うまでもない。 「―――――ツン君。俺、回し車でカラカラやられると、なんか余計に邪魔したくなるんだけど?」 後にニンマリ笑ってハムスター呼ばわりするダメ人間に人生の岐路を無理矢理軌道修正させられた気がする、和田勉ただいま17歳である。 ――――放課後、またもイケメン彼氏に連れられてトボトボ歩く勉が目撃されたのは想像に難くない。 End. [*前へ][次へ#] [戻る] |