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< Versus 2-1 >










『――――――オマエにする』





―――その一言で椎名イサオの人生からは多くの自由が消えていった。

その代わり、飢えぬ人生とその連れ合いを手入れたのだ。











束縛だらけのこの人生にどれほどの自由が残っているのか。








―――その答えをイサオは考えてみたことがない。









□■□








コツン。



コツン。







「―――――またお願い?最近多すぎじゃね?」





屋上に響く足音にゆるいパーマがかかったアーモンド色の髪が揺れる。

のんびり寝っ転がった上半身を起こして伸びをすれば、夕日が空に傾いていた。







「――――今までオマエがサボり過ぎだったんだろ?」


コツンと背中を蹴られ、起きろと催促されれば、椎名イサオはしぶしぶその場に立ち上がる。









「―――――うちのご主人様は品行方正だからさ。今まで"お護りする"必要なんてちっともなかったってわけさ」








パン。パン。






上背のあるV系の男が唇を突きだしたところで到底可愛いはずはない。


――――汚れを払って立ち上がったイサオのアシメな長い前髪から、同じくアーモンド色の瞳がキラリと光っていた。








「―――――オマエが暇で死にそうだから、仕事を作ってやったんだろうが」






――――踵を返して歩き出した上ノ越憲太郎を追ってイサオの足が動き出した。







「お優しいこって。―――けど、俺は暇を何より愛する男だから、別にいらねぇーよ?仕事とか仕事とか仕事とかさー」


「――――生憎俺の耳は妖精の囀りが聞こえない仕組みなんだ」








パタン。








「―――――ちっ」






――――閉められたドアの向こうから小さな舌打ちが漏れていた。




□■□










――――最近、校内愛され平凡No.1を独占する川野湊の横にはぞくぞくと有名人が集まってくる。



むろん、生徒会議長の堀陽一もその一人だ。



そして、忘れかけの転校生。




―――――大地茜(だいちあかね)もその一人であることは言うまでもない。








「――――――俺、大地茜。オマエ誰だ?」





一時、目立ちたくないからと変装していた噂の転校生の素面は確かに悪目立ちするほどの美人だった。


――――昼休みの他人の教室で椎名イサオは思わず笑った。








「―――――――顔80点。声50点。マナー10点。性格、"大変残念でした"」





――――周囲は唖然と静まり返ったが、次の瞬間には話題は逸れた。










「―――――あの、あなた、この間の・・・・」




川野湊が警戒心なくイサオに近づけば、周囲の男たちの目が怒り立つ。

なかでも、すぐに反応を返したのは御守の堀陽一だった。






――――長い腕がすっとイサオと湊の間に距離を取る。







「――――――陽一?あの、御礼を言いたいだけだから」



無言で首を振る陽一に諦めたのか、困った笑顔で川野湊は笑った。







「―――――すいません。あの、この間は、ありがとう」



――――イサオは面白いくらいに愛想笑いをさっと貼り付けて笑うのだ。








「―――――ご丁寧にどーも」



そして、すっとつまらなそうな表情に戻るとポリポリと自分の頬を指で掻くのである。

俄然、今の今まで透明人間にされた転校生の怒りが爆発するのは仕方のないことだった。







「――――――なんなんだオマエ――――――っ!!!」





しかし、当のイサオはう〜んと悩む仕草で呟くのだ。









「――――ごめん。やっぱ声10点でいい?」


笑うイサオに茜の顔が怒りで真っ赤に変わったその時。










ガシャンッ!!!










―――――廊下の窓ガラスを割って野球ボールは飛んできた。





□■□












―――――カラン。




静まり返った教室にドアからポロリと時間差で落ちたガラスの欠片が小さな音を立てた。









「―――――湊、大丈夫か?」



―――――議長の陽一に守られた川野湊に怪我はない。

もっとも、そんなものが有りはしないことをイサオは遠の昔に知っている。








――――暴球は廊下のドアから直にイサオの手に治まったのだ。





怪我をするならドアを覆うように立っているイサオ以外には居はしなかった。









「――――さて、鬼ごっこのお時間です」






その呟きに周囲が首を傾げる頃には、イサオの姿は消えた後だった。





――――確かに彼のいたその場所に丸い小さな血だまりが落ちていたことを誰も気に留める者はいない。













「―――――イサオ君ともあろうものが怪我っすか。いやいや、やっぱサボリはだめかね〜」





――――無論、廊下を疾走するイサオの声を聞きとどめる者もいないのだ。






□■□











――――生徒会長以外の有名どころは皆、川野湊に群がった。


そんな生徒会室にはイサオのご主人さま以外に誰もいるはずがない。








「―――――ご主人様、ミッション終了っすよ。御暇ください」







――――ヘラヘラ笑顔を貼り付けてイサオが登場すれば、憲太郎の眉間には皺が寄る。








「―――――手。怪我したのか」


背中にそれとなく隠しても長年連れ添う相棒に隠し通すのは難しい。








「―――――あれ、バレた?」


ヘラっと笑うイサオに「見せろ」と強張った憲太郎の顔が向けられた。






―――――引き出しから出される救急箱が、そのまま二人の絆の表れだった。




「しみる〜」っと大騒ぎするイサオを「うるさい」っと憲太郎が叱るのもいつもの光景に違いない。







「――――――俺の妖精はいつも傷だらけのくせにその傷を隠す大嘘つきだ。おかげで俺はオマエの嘘ばかり見抜くようになったってわけか・・・」






ただ包帯を巻かれたその手にぽつり呟かれるその言葉だけが、いつもとは違っているのだ。



―――――さっと傷ついた手を引いてイサオは笑う。









「――――――可愛い妖精さんだろ?」




呆れたような溜息にイサオはウィンクを返した。







――――その耳にはドアに近づく密かな足音が聞こえていた。









「――――――憲太郎」




―――――さっと目の前の体に抱きついたイサオは間を空けずに開いたドアにおどろいた表情を見せつける。













「――――――オマエたち・・・・・」





――――同様に素で驚いたのはドアを開けた堀陽一と川野湊だった。





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あきゅろす。
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