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< Versus >









「――――――今日で終わりだ」





―――――体を重ねた後の気だるさがまだ残っているというのに隣で煙草を吹かす男はあっさりとそう呟く。

その言葉に何の感情も含まれていないからこそ、椎名イサオ(しいないさお)は笑ってしまった。







「――――――へー。意外。あんたがそうゆうタイプだとは思ってなかったよ」






―――――互いに体だけの付き合いというのが暗黙の了解だった。


最後に"終わり"を告げられるとはイサオも思ってはいなかったのだ。



――――体の相性がいいってだけの惰性の関係。

何となく連絡がなくなるのだろうと予想していたのに意外と律儀な男らしい。







―――――理由は聞かずとも分かっていた。








■□■









サァァァァァ。






―――――アーモンド色の髪が風に揺れる。


聞こえた微かな音が屋上のドアを誰かが開けたことを物語っていた。





「――――――煙草。止めろっていったろ?」



――――足音が耳元までやって来れば、低い声が地べたに転がるイサオに降ってくる。


煙草を挟んだままの手をあげてイサオは「よっ」っと挨拶を返した。





「―――――将来の上司の命令でもよ。コイツは俺の愛しのカワイコちゃん。止められるかよ、愛の補給を」




――――やがて呆れたような溜息が落とされるのだ。







「―――――言ってろ。ニコチン中毒が」




―――コツンと頭を蹴られれば、大げさに「御主人様ったら理解がない」っと呟いてイサオは地べたから起き上がる。


煙草を咥えて太陽の位置に立つ男を眩しそうに見つめていた。


背伸びをすれば、屋上の地べたで固くなった体がみしみしと音を立てた。







「―――――で、どうしたって我らが会長。議長に愛しの平凡君取られちまった?」





―――――数ヶ月前、この学園には転校生なるものがやってきた。

ひっちゃかめっちゃ学園を掻きまわす賑やかな"子供"だ。

その賑やかさのせいか"子供"の隣にいた平凡にまで飛び火した。





――――明るいスポットライトの下にいた平凡にイサオの御主人様はうっかり恋をした。

硬派な生徒会会長はお堅いイサオの御主人様だから、"恋"だ"愛"だと顔色変える旧友をひたすら"面白い"とイサオが思えたのはこの時だけだ。




――――問題はどうやら明かりの下でうっかり平凡に恋をしたのはこの学園の硬派な生徒会長だけではなかったということだ。

さらに最悪なことにサディスティックな議長の幼馴染がその噂の平凡だった。

おかげで面倒臭がり屋のイサオは御主人様に駆り出されてばかりの毎日だ。







「―――――願い事言わねぇーの?妖精さんが叶えてやるよ?」


そう言って煙草の紫煙を吐きだせば、イサオの御主人様、上ノ越憲太郎(じょうのこしけんたろう)は溜息をつく。







「――――分かってるだろ?そろそろ親衛隊が動く」



肩を竦めたイサオは「ヘイヘイ」っと立ち上がり屋上の出入り口へと向かった。



――――後ろからはイサオの御主人様が着いてきていた。





■□■






―――――公には知られてはいないが、椎名家は代々上ノ越家に仕える家柄にある。


その分家の男と愛人の子には生まれたイサオは本来なら、この裕福な家柄ばかり集まる学園になど入学できる立場にはなかった。



だが、母を亡くして施設で過ごした子供時代。

突然現れた年頃のガキはイサオを指して言ったのだ。






『――――――オマエにする』




―――――その一言でイサオはすぐに椎名家に引き取られ旧姓ではない椎名の家名を譲られた。


それが幸せなことだったのか、そうではなかったのか、今でもイサオにはわからない。

ただ尋常ではないことを望まれる。





―――――そうゆう人生であることはわかっていた。








■□■






―――――イサオのご主人さまの愛しの平凡の名を川野湊(かわのみなと)という。


見た目も平凡なら中身も平凡、家柄だって凡々だ。





「――――い、いやだっ!!は、はなっ・・・してっ!!!」




――――部室内からはその湊の泣きそうな声が聞こえていた。



椎名イサオはドアを背に呟いた。








「――――――鳴き声は89点」






そして、おもむろにドアを蹴り破るのだ。








ダンッ!!!!







――――――――川野湊の本名は九条湊(くじょうみなと)だった。






■□■










「――――――――湊!!」



――――クールが売りの生徒会議長、堀陽一(ほりよういち)は鬼のような形相で生徒会室に現れた。


冷たい美貌にオールバックに近い髪。

クリーム色の髪が人工色に見えないのは色白だからだろうか。



――――自慢のノンフレームメガネがキラリと照明に反射していた。






「―――――陽一っ!!」


幼馴染の顔に安心したのか、川野湊、否九条湊は議長へと駆け寄った。


湊の背を抱きしめた議長の目が責めるように憲太郎に向けられている。






「―――――どうゆうことだ、会長」




――――悪友が苦笑したことをソファにだらしなく腰かけていたイサオは見るまでもなく分かっていた。






「―――――親衛隊に襲われているところを助けただけだ」




冷静な声が諭すが議長の怒りは治まるところを知らない。





「―――――どこの親衛隊だ?」



聞き返された質問に生徒会長が押し黙ればその答えはもう出ている。




「―――――はっ、オマエのか。自分の親衛隊も統率できずに湊に近づくのか?」


険悪なムードが漂うのも無理はなかった。



――――椎名イサオにとって上ノ越憲太郎が御主人様のように堀陽一にとっては九条湊がご主人様なのだ。






「―――――自分の非を憲太郎だけの責任にすんの?一人にしたのは議長の責任っしょ?」




――――イサオはゆっくりとソファから立ち上がった。


一瞬、堀陽一の目が顰められる。




「―――――生徒会役員でもない人間がなぜこの場にいる?」




冷たい声に肩を竦めたイサオは笑う。




「―――――第一発見者だから」



途端、冷たい表情からさらに表情が消えるのだ。





「――――――仕返しのつもりか?」





――――低いその問いかけにイサオは思わず噴き出した。





「――――――そこに愛ってあったっけ?」




――――静まりかえった生徒会室で堀陽一はもう口を開くことはなかった。






■□■








「―――――付き合ってたのか?」


嵐のように堀陽一と九条湊の二人が去った後、憲太郎は静かに口を開いた。





「―――――妬いた?付き合ってたよ。体だけ」


笑うイサオに小さくため息がつかれる。



――――そして、低い声が呆れたように問いかけるのだ。







「―――――男相手に勃たないくせにか?」






――――イサオはただ笑っていた。






「―――――俺は妖精さんだよ?憲太郎がいればいいさ」






憲太郎はヘラヘラ笑う悪友に首を振る。






「―――――嘘つきな"妖精"だよ、オマエは」





――――イサオは何も答えなかった。




ただヘラヘラ笑う悪友を「馬鹿が」っと憲太郎が哀しい目で見つめているだけだった。





■□■






サァァァァァ。





――――屋上の風は何もかもを吹き飛ばす。

風の強い日には煙草を吸う意味すらないほどに。





――――だがら、椎名イサオは時折そっと強い風に言えなかった言葉を流すのだ。









―――――そこに愛はあったよ。


ただオマエが気づかなかっただけ。






End.


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あきゅろす。
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