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< 神怒の日 >
兄のカインと弟のアベル。
ねぇ、その話を知っている?
神に愛された弟に嫉妬して兄は弟を殺す。
ねぇ、そうゆう話。
人間の知る初めての『嫉妬』と『嘘』
ねぇ、そうゆう話。
――――ねぇ。
本当かな?
―――――ダインとノエルは天使と悪魔の間に生まれた忌子の兄弟だ。
兄のダインは天使の血を色濃く受け、金色の美しい髪に金色の瞳、白い翼を持っていた。攻撃能力も高く、魔力も高い美しいダインを皆が愛した。
一方、弟のノエルはくすんだ肌の色に同じくくすんだ灰色の髪と翼を持って生まれ、黒い瞳と八重歯が特徴的だった。
しかし、悪魔とも天使とも呼べぬその容姿を誰もじっと見ることはなかった。
治癒能力とアシスト能力は高いものの攻撃能力を持たぬノエルは兄の足枷とも言われていたのだ。
だが、二人は両親に捨てられたと思えぬほど仲が良く互いに支え合って生きていた。
―――――天界にも魔界にも疎まれるその存在は、しかし幸運なことにダインの美しさに救われる。
「っんっ・・・・・いい、そこ・・・そうッ・・・・・」
――――耳に聞こえる兄の情事の声にノエルは足が竦んだ。
うっすら開いたドアから覗くものを見てはいけないと理性が叫んでいる。
――――魔界にあるこの屋敷に住んでいられるのは一重にダインの美しさを気に入った魔界の第3魔王のおかげである。
ただし、毎晩部屋に籠もる二人にノエルは何か"恐ろしい"ものを感じていた。
――――何が行われているのか、本当は気づいていたのかもしれない。
心が痛いと悲鳴をあげる。
「――――――――ノエル、帰るの?」
ゆっくりと踵を返そうとしたノエルはぎょっと足を止めた。
振り返るとドアに白い小さな手が懸っている。
―――――キィィィィ。
完全に開けられたドアの向こうには裸の兄と同じく裸の魔王がいた。
思わず視線を床に逸らしたノエルをダインが笑う。
そして、その白い手がくすんだ肌色のノエルの両手を捉えるのだ。
「――――――一緒に遊ばないの、ノエル?」
びくっと手を震わせたノエルよりも先に魔王から叱責の声がする。
「――――――そんな醜い子供と遊ぶ気はないぞ、ダイン」
――――それは言われ慣れている言葉だった。
だから、ノエルは何も思わない。
――――ダインが愛してくれている。
ただそれだけがノエルの全て。
容姿の醜さは変えようのない事実だと長年の迫害から思い知っていた。
「――――――いいじゃない。僕の我儘聞いてくれないの?」
――――誰しもがダインの声を聞き入れることをノエルは知っている。
何より美しいダインが微笑めばどんな願いも思いのままなのだ。
現に魔王は諦めたように溜息をついていた。
――――ダインを兄として友として慕っている。
性に疎いノエルは性的行為をいまだかつて結んだことはない。
「―――――――ノエル?」
だから、クスクス笑いながら近づくダインが別の人間に思えていた。
欲を映し出す瞳は獣のようで、優しいいつものダインとは違うのだとノエルは恐怖すら覚える。
「―――――ダインっ!」
思わず叫んだノエルにダインが笑う。
「――――――な〜に?ノエル?」
ずるずるとベッドへと近づいて、やがて足がベッドにぶつかった時、ノエルの恐怖は最高潮に達した。
「――――ダインっ!!」
もう一度静止の声を叫んだノエルに今度はダインは笑わなかった。
――――ただ無表情に命令したのだ。
「――――――王」
ノエルの体は後ろのベッドに攫われた。
「――――――いやだっ!!離せっ!!!」
ノエルがもがいたその瞬間だった。
――――――――ミシッミシミシミシッ!!!ダァァァァァァッンッ!!!
眩い光と共に何かが落ちた。
―――――思わず閉じていた目をゆっくりと開けたノエルは自分の上にのっていたはずの王がいないことに気づく。
それどころか、ベッドには大きな風穴が空き、ぷすぷすっと焦げた匂いが部屋に充満していた。
「――――――ノエル。知ってる?神の子アベルは兄の手にかかって死んだんじゃない」
ゆっくりとベッドへと近づくダインの表情はノエルの知る兄のものではなかった。
―――――ただ静かなその声を聞いてはいけないと思った。
「――――――それこそ『嘘』、嫉妬したのは『神』の方だよ。カインとアベルの仲に嫉妬した神こそがアベルを殺したんだ」
――――ゆっくりと伸ばされた白い手がノエルの頬に触れる。
そして、唇が近づくその時。
――――――ピシッッ!!!!
空気の震える音がした同時にダインの手が焼け焦げた。
途端、ダインが笑いだすのだ。
「―――――フハハハハハッ。口づけすら許さぬと?神よ、あなたはわざわざ魔界を覗いてまで、この者を守るのか」
ダインが壊れたように笑い額に手を当てるのをノエルは恐怖の思いで見つめていた。
―――――何かが起こっている。
「―――――誰もが興味を持たぬような容姿を授け、殺生を避け攻撃能力を封印した。それほどまでにあなたはこのカインの魂を天界へ。自分のもとへと連れて行きたいらしい。あなたともあろう者が私情に走るとは愚かな」
不意に笑いを止めたダインがまっすぐにノエルを見た。
――――ノエルはダインの瞳に息を飲んだ。
「――――だが、私とて。・・・私とてこの魂を手放すつもりはない!!打ちたければ、打つが良いっ!!!あのときのように私を殺すが良いさ」
―――――伸ばされた白い指が愛しそうに自分の唇をなぞる。
「―――――だが、覚えておくのだな。私は何度でも生き返る。そう何度でも・・。次に合うときにはあなたに匹敵する存在として生き返ろうぞ」
――――ふっと唇が触れた。
その瞬間。
――――――――ミシッミシミシミシッ!!!ダァァァァァァッンッ!!!
ダインは消えていた。
「―――――カイン」
―――――消える間際にそっと愛しそうに呼ばれたその名にノエルは涙が止まらなかった。
「――――神よ。なぜあなたは私を解放してはくださらないのですっ!!!」
―――全てが蘇り、ノエルの心は哀しみに包まれた。
繰り返される輪廻。
常に傍にある愛しい存在。
―――――しかし、悲しい記憶までも常に繰り返される。
「―――――私は過去兄弟と契りを交わした罪深き存在。そんな私がなぜのこのこと天界へ昇ることが出来るのでしょう?」
ノエルは風穴の空いた空を見上げ願う。
「―――――神よ。お許しください。私は彼の者を愛しているのです。心の底から愛しているのです。どうか私も彼の者と同じあなたの怒りで眠らせてください」
―――――だが、空は答えなかった。
「――――アベル」
ぽつりと愛しい者の名を呼び、ノエルは部屋中を見まわした。
やがて、デスクの上にペーパーナイフを見つけノエルはデスクにかけよった。
―――――しかし。
ピシッッ!!!!
―――――空はナイフを焼き殺した。
ノエルは世界に向かって叫んだ。
「――――――なぜっ!!!」
なぜ"愛すること"が禁忌なのか。
なぜ"愛されること"が禁忌なのか。
彼を愛した。
彼に愛された。
――――弟だと、男だと。
ただそれだけで罪深いことなのか。
――――わかっている。
禁忌だと知っていたにも関わらず彼を愛した。
禁忌だと知っていたにも関わらず彼に愛された。
それが罪だとわかっていても。
「――――――――私は彼を愛しているのです」
――――ぽつりと零れた涙に誰も気づかなくても。
―――――やがて静寂を満たす部屋に"声"が響く。
『我が愛しき子よ。我とてそなたを愛する身、そなたを怒りで打つことは出来ぬ』
『ただ待つが良い。そなたの愛するアレは、そなたを待たすことなく、その目の前に姿を現すであろう』
『――――さらばだ、我が愛しき子。・・・我が最愛の子よ』
ノエルはただ呟いた。
「――――――アベル」
――――固く握りられた拳が愛の覚悟を物語っていた。
兄のカインと弟のアべル。
ねぇ、その話を知っている?
神に愛された弟に嫉妬して兄は弟を殺す。
ねぇ、そうゆう話。
人間の知る初めての『嫉妬』と『嘘』
ねぇ、そうゆう話。
――――でも本当は『愛』の話。
End.
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