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< 氷帝 >
「――――とんだお客様だな」
――――冷気すら感じるその書斎で、仕事の資料に目を通していた男は一瞬ちらりとこちらに視線を向けると資料を捲るその手を止めた。
キィィ。
――――高級チェアに背を預け思案げに腕を組む。
「――――――静かにしているというなら何も問答無用で追い出すようなことはしない。大切なお客様だからな」
――――久居要が目を細めて冷笑していた。
「―――――ソファで大人しくしていろ。一段落すれば遊んでやらんこともない」
絶対的な響きを持つ流麗なその言葉が暗に『邪魔をするな』と告げたからか、カメラは自然ゲスト用ソファからのアングルに切り加わる。
―――ゆっくりと組んだ腕を解いて、男は再び資料へと手を伸ばしていた。
ハラッ。
ハラッ。
――――静かな書斎にはただページが捲られる音だけが響く。
カメラには美しい夜景をバックに美貌の男が怜悧な眼差しで資料を読む映像が映し出されていた。
「―――――なんだコレは」
沈黙を切り裂くように書斎に入ってきた黒づくめの男は重い空気を物ともせずにカメラを見つけると不機嫌そうにそう呟いた。
―――――しかし、とぐろを巻く低い声に久居要が顔をあげることはない。
「――――どっかの馬鹿が20万ヒットとやらでうかれているらしい。この多忙な時期に呼び出さなかっただけ、馬鹿は馬鹿なりに考えたということだろう」
―――皮肉がたっぷり塗られたその言葉に男は鼻を鳴らして応えると手に持った黒いメットを乱暴にソファへと投げた。
危ういところでカメラを掠め通ったメットに舌打ちが返される。
「―――――ちっ」
―――途端、低い笑い声をあげてまるで全てを見ていたかのように久居要は口を開くのだ。
「――――礼の一環だ。邪険に扱うなよ」
―――主人の命令にしばし沈黙した男はおもむろにソファへと近づく。
背筋がぞっとするような無表情が映像の中に広がった。
―――――やがて、ゆっくりと開かれた唇が声なき言葉を紡ぐ。
『―――――失せろ』
瞬間、黒い物体が画面いっぱいに広がっていた。
――――ガシャンッ!!!
割れたカメラにもう映像は映し出されてはいない。
「―――――何か言ったか?」
ただ白々しく問い返す低い声と呆れたような冷たい声がその後に記録されていただけなのだ。
「―――――いつになったら『待て』を覚える気だ?」
――――返されたその言葉は闇の中。
End.
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