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< アースガルド >





――――白で埋め尽くされた部屋にはピアノソナタの美しい調べが流れ、揺れるカーテンが何でもない日常を映し出す。


ソファに座ることはなくむしろソファを背に絨毯の上に腰を下ろす優は光る愛用のナイフを磨いていた。




シュッ。



シュッ。





――――ソファに優雅に座る男の紅茶からは一級品の薫り高い匂いが香っていた。







「――――見られているようですが?」


白い紅茶のカップを優雅に傾けて美しい唇が弧を描く。





「―――――らしいな」


何の関心もないのか、優の視線はナイフの美しい刃から逸れはしなかった。



―――繊細な恋人が気にしない出来事にウォルフがさらさら興味を持つはずもない。






―――カチャ。





ソーサーにカップを下ろすと小さな悲鳴が零れ落ちる。



―――――二人のカメラに寄せる関心はそこまでだった。






「――――そのナイフに注ぐ愛を少しでも私に分けて欲しいものですね」




―――気障なそのセリフに鼻が鳴らされる。


ちらりとその反応を一瞥したウォルフは殊更静かに問いかけた。







「―――――今夜は泊っていきますか?」




―――照明の灯りに反射して優の手の中でキラリとナイフが瞬いていた。


すっとナイフの出来栄えを確認しながら、何の感情もなく優は呟いた。






「―――――余地を残す卑怯な言い回しはオマエの隠れ蓑か、それともふざけた優しさのつもりか」







クスクスクス。



―――笑う美丈夫の翡翠が光る。






「―――――追い詰められたいと言うのならいくらでも。ただし手加減できるかどうかは分かりませんが?」






カチャ。




手から取り上げられたナイフがガラステーブルに置かれた時、優は邪魔をするその白い手の持ち主を見上げていた。





「―――――ウォルフ」


だが、名を呼ばれた絶世の麗人はただうっすらと微笑むだけだ。






「―――――追い詰められたいのでしょう?私はあなたと違って本音を押し殺したりはしませんよ」






サァァァァ。




―――――そよ風に大きくカーテンが瞬いて、美しいピアノソナタが演奏を終えた。







「――――あなたが欲しい。私の心はただそれだけです」



沈黙した部屋に美しいテノールが響くと、優はただその翡翠の瞳を静かに見つめ返した。








ピピピッ。

ピピピッ。






―――――静寂を破壊するその音に美丈夫は小さく苦笑する。




「―――――無粋な族もいるものです」




さっと立ち上がる優の背中はすでに臨戦態勢だ。

―――大きなナイフをズボンの下に隠すその動きは素早い。





「―――――行くぞ。ウォルフ」

笑った麗人はソファから優雅に立ち上がると不意に思い出したようにカメラに向かって微笑んだ。






「―――――ここから先は命の保障を致しかねます。残念ですがここでお別れを」






―――ガシュッ!!



しかし、優雅に一礼するウォルフをまたずにカメラには大きなナイフが突き刺ささるのだ。






「―――――優。ここの内部を知り過ぎれば確かに生きては帰れませんが、何もナイフで刺さなくても。皆さん心象を悪くしますよ」




――――小さく苦笑するウォルフが振り返ると顔色ひとつ変えずに優は笑った。






「―――――はっ。優しい面したってオマエはどうでもいいだけだろうが。俺たちの顔を知っている。それだけで十分だ。オマエだって電源切ったその後にカメラをどうするつもだったか言ってみろよ?」




――――美しい顔に微笑を添えて麗人は自慢のテノールを響かせた。





「―――――スパイ容疑で殺されたくはないですから。もちろん跡かたもなく溶かすつもりでしたが?」




―――何でもないように笑って答える麗人とその恋人の遣り取りは壊れたカメラに収められてはいない。







パタンッ。





――――――二人の去った後にはそもそもカメラがあったことすら窺い知れなかった。



End.

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