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< 悪魔の花嫁 >







――――白衣に身を包む日比野晶は元が良いだけに一種どこか洗練された雰囲気を醸し出している。


どんな我儘を言っても寛容なその心で笑って受け入れてくれるのではないか、そんな大人の色気を匂わせているのだけれど、現実はそうでもない。






「―――――あの、晶さん」



――――躊躇がちにその背に声をかけた悪魔は悪魔のくせにたじたじだった。


何しろ悪魔の花嫁はジャイアニズムいっぱいの何様俺様晶様なのだ。





「――――あ?」



だから、やっぱり仕事を邪魔されることを嫌う晶の反応は最悪である。

カルテから振り向いた晶の目は完全に座っていた。





「――――お客さんです」

無言の『邪魔するな』の態度にしょぼんとなった肩身の狭い花婿は小さく指で宙をさすとその場で膝を抱えた。




――――気分はすでにいじけっ子である。





「・・・・・・・」




――――カメラを見つけた日比野晶の動きは完全に止まっていた。






「・・・・・・・」



――――もちろんカメラがリアクションを取ることもない。





「―――――おい、何かしゃべれよ」


やがてフリーズから解けた晶はカメラからすっと視線を外してそんな無理なことを強要するのだ。



――――カメラがしゃべるはずはないではないか。

横暴で照れ屋なその性格は幸運なことに表面に出てはいないのだ。


―――ちらっと照れた花嫁を見て、突然「はい」と良い子のお返事を返す花婿は、場を和ませようとする大人だったのか、それともただの考えなしなのか、ペラペラとカメラの前で語り始めるのである。





「――――どうも、えっと晶さんが大好きな悪魔です。現在同居3か月。好きなものはメロン。好きな体位は晶さんが・・・・」



―――無論、いつもの横暴花嫁に戻った晶から即効で愛のチョップをもらったのは言うまでもない。




「――――オマエじゃねぇよ」



「――――だって、晶さん。これはきっと取材っという奴ですよ!?二人の愛の生活を皆に伝え・・・ッ!!」





ドカッ!!






―――この家の花嫁は素敵な拳で愛を語る。



ドメスティックバイオレンスに近い殴る蹴るの愛の語らいは日常茶飯事なのである。



―――なんと言っても花婿はひ弱な人間とは違い、恐れもしない悪魔様。

大抵のことで壊れることがないのだから『10年保障』よりずっと安心なのだけれど、残念ながら強い肉体を持つ悪魔様であってもちゃんと痛感はあったりするのだ。




「――――オマエは馬鹿だけじゃ飽き足らずこのうえ全国の皆さんに恥を晒したいのか?これ以上、ヘタレ度を増して一体どうしたいんだ!?数少ないファンがいなくなったらどうする?」



―――涙を盛り上げて花嫁の痛い愛に耐えた悪魔はそれでもヒシっと両手に手を握って愛を訴えた。



「――――晶さんが隣にいてくれるならヘタレでも馬鹿でもついでに恥さらしでもいいんです!」





――――健気だけれどやっぱり全国の皆さんへ恥さらし決定である。


だけど、ヘタレで恥さらしな花婿の『プライド?え?何それおいしいの?』的求愛行動に真っ赤に顔を染める晶だって本当はヘタレで優しい花婿に夢中だったりするのだ。




「――――ば、馬鹿がっ!開き直るなっ!!くっつくなっ!!!」



―――おんぶお化けのようにゴロゴロと背中に懐いた犬っころに大暴れするのだって恥ずかしさゆえの照れ隠しなのだと、ちゃんと悪魔の花婿は知っている。




――――口では罵詈雑言の毎日だけれど、悪魔の花嫁は本当は心の優しい寂しがり屋さんなのだ。


だから、腰に回したその手を悪魔は離したりはしない。





「――――晶さん。幸せっていいよね」



―――あなたに触れられる今日という日はなんて幸せな日でしょうか。





「―――――馬鹿がっ」


ぽつりと背中越しに聞こえた小さな呟きに晶は暴れるのを止めて呆れたため息を吐いた。


―――「うん」と小さく呟いた悪魔は俺様な花嫁が大好きだから、全国の皆様に素敵な花嫁をこれ以上見せたくはないのだ。

何しろこの診療室に広がる甘い雰囲気と言ったら、常日頃から考えれば奇跡的な展開だから、たまには花婿だけで大好きな花嫁を独占させて欲しいものである。






「――――晶さん。ベッドに行こう」




――――このチャンスを逃す手はない。


悪魔はやっと悪魔らしい思考に行き当たり、そっと愛しい首筋に口づけながらカメラに向かって小さくウィンクをする。







プツン。




―――――電源の切れたカメラには『ごめんね』という悪魔の囁きが録音されたいたりするのである。




End.

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