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< 言葉はいらない 5 >








―――――突然の空気の流れに反射的にウォルフはドアを振り返った。



そして、一瞬らしくなく固まるのだ。







「――――――優」



形の良い唇から零れた声は深い情熱に濡れていた。


この甘いテノールが与える周囲への影響を彼はきっと自覚しているだろう。

しかし、まさか目の前の人物にも効果をはっきしているとは知らないはずだ。





――――ウォルフは優の名前を呼んだ後、言葉を発することなく優を見ていた。



この気持ちを表す言葉が見つからない。

そんなことはかつてなかったというのに。







――――殺気に近いほどの熱い視線が突き刺さる。

それを懐かしいと感じるのは、やはり優の中でのウォルフの存在が大きくなっているからなのかもしれない。

長い沈黙にとうとう耐え切れなくなって優は口を開いた。






「――――――俺の顔がそんなにお気に召したのか」




――――一気に緊張の雰囲気が消えてウォルフの表情に微笑が浮かんだ。




「ええ、それはもう」とウォルフが椅子から立ち上がる。


――――美しい銀髪がライトに当たって輝いた。






――――ひそかにその髪が好きだった。


近づいて来る彼は笑っていて、翡翠の瞳には自分と同じものが見て取れた。






―――自分がここへやって来たように。



甘いテノールが愛しいように。


柄にもなく胸がドキドキしているように。


目の前の彼もきっと。





―――――胸躍らせている。





伸びて来た白く綺麗な指が触れるか触れないかのギリギリの距離を保って首のラインをなぞっていく。







「―――――言葉では表せないほど」




一人ごとのような小さな呟きは、けれど確かな響きで優の耳に届いていた。



―――劣情が増殖し言葉で表せない何かでいっぱいになる。


細められているウォルフの瞳には自分が映っている。




――――そう自分だけが。




―――どす黒い感情が膨れ上がる。


抑えることなど出来ないと判っているから、溢れ出る攻撃的な思考を解放し、ささくれだった心を自由にした。






――――彼は自分のものでなければならない。


彼の全てが自分のものでなければ許さない。





その涙。

その喜び。

その悲しみ。


その怒り。

そう憎しみさえ返したりしない。





―――全てこの胸に収めてしまうから。






自分の考えていることがどれだけアホらしいのか優とてわかっている。


けれど、目の前の彼に煽られて抑えることは不可能だった。




――――否、抑えたくはなかった。





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あきゅろす。
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