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< 卓上の争い >







「―――このような場を設けて頂きましたが、残念ながら私は帰国子女。わびさびを心得ぬ若輩者ですから、情緒というものがどうにも理解し難い。効率重視の向こうが板に付いているせいか生意気と言われることもしばしば。どうぞその際にはご容赦を」










―――――カッ、コンッ。





鹿脅しが威嚇している相手は果たして久居要自身かそれともその目の前に悠々と座る老人か。



―――いずれにしろ流麗なその言葉が『時間の無駄はするな』と口外に告げた時、この舞台は社交辞令という上辺だけの遣り取りから、重い核心へと触れる道へと転がり出したのだ。











――――ズズズッ。






卓上の茶卓から茶飲みを手にした老人は顔の笑い皺を深くして豪快に茶を啜った。





―――その普通過ぎる音が逆に不気味に思えるのは目の前の人物が裏を牛耳る実質的支配者と知っているからだろうか。

久居要はただひややかな冷笑を浮かべ切りつけたその刀に夜の古狸がどう返してくるのかを静かに待った。









「――――――年を取るとな。若いもんはどうしてそう生き急ぐのかと不思議に思えてしまうもんじゃ」








――――コンッ。





茶飲みを受けた茶卓が甲高い木特有の声をあげる。







「――――青龍に託を頼んだそうじゃな。だから、こうして出向いたわけじゃ。もっとも足の悪い爺よ、逆に出向いてもらう形になったのは申し訳ないがのう」


人の良さそうな顔で笑う老人に久居要はゆっくりと微笑を浮かべた。






「――――それはご配慮頂きありがとうございます。ですが、『言葉の綾』と申しましょう?わざわざ大御所様にこうしてご招待頂けば昼の小うるさい領主の目に止まり面倒事になるのは必須。特に私のような若輩者には避けようのない現実だ」


すっとその目を細めて要は怜悧な視線を老人に向けた。





――――人の目を避けるならば政財界御用達の店を逢瀬に使うのは大きな間違いだ。





政財界御用達として"有名"なのだ。


当然パパラッチなどのメディアにも情報屋にも筒抜けのその場所だ。

話の内容が分からずとも会っている可能性がある人物は特定される。



――――だから、むしろ噂を避ける配慮をするならば、よっぽどホテルの一室を取る方が安全なのだ。


しかし、目の前の老人は久居要にその配慮を欠いた。







――――それが意味することは2つ。




配慮を欠くほど興味がない相手か。


―――――それとも。







「―――――それをキッカケに昼の世界に一波乱起こしたいというのが大御所様のご意向だというなら話は別ですが?」








―――――カッ、コンッ。




重い沈黙を切り裂くように竹筒が石へとぶつかる音が響く。


しかし、その音は決して室内の沈黙を拭い去るものではない。






――――男達の視線は交差したきり、どちらも口を開きはしなかった。


むろん、卓上に美しい色取りを披露する料理に手をつける者もいない。










カチャ。







―――長い年月夜の世界で年を重ね皮の厚くなった指が茶飲みを攫う。



その指は同様に面の皮も厚くしてきたのだと暗に告げているよだった。



―――やがてその表情に再び笑みを浮かべ、老人はまるで孫を語るように話始めた。








「――――今までどんなおもちゃにも興味をしめさなかった孫がのう。初めて『欲しい』と口にしおった。まして、あの他人を褒めん青龍が御主を"愉快な男"と評しおる。何、その人物とやらを見てみたいとそう思うのが当然のことじゃろうて」








――――ズズズッ。





そ知らぬ顔で茶を啜り始めた老人に要は笑った。








―――それは配慮を欠いたことへの答えではない。



否定もせず肯定もせず話を逸らすのは、呆れるほど検討違いの質問か、それとも回答出来ぬ問いかのどちらかだ。

しばし思案の時間が必要というのならばそれはすなわち。





―――――肯定。




だが、肯定を形に表さずに煙に巻き、あわよくば有耶無耶にしたいとそういうことなのだ。







―――――久居要は鼻を鳴らした。









「――――なるほど。昼の一波乱はデザートだと。ではメインディッシュは一体何です?」






――――"会いたい"というのがあくまでメインだと言い張るのなら、配慮を欠いたその後の余波はただ添えられるデザートに過ぎないと言うわけだ。




茶のみを傾ける手が止まり、老人はまっすぐに要を見返した。




――――その視線は強く一点の淀みもない。







「―――――"愉快な男"のう。確かに愉快じゃろうて青龍にとってはな。アレは昔から頭が回り過ぎる。だもんで同じく頭の回る御主が気に入ったと見えるな。なるほど頭がよく回る」







――――コンッ。




再び茶飲みを受けた茶卓が甲高い木特有の声をあげると、老人はニッコリほほ笑むのだ。







「―――――ならば御主はメインディッシュとやらを何だと思うている?」






――――食えないその笑みに久居要が表情を変えることはなかった。




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あきゅろす。
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