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< 招待状 >









――――午後8時を過ぎれば都会に立つ電波塔は赤から青へとその色を変える。



青く光る電波塔を流れる車窓から久居要の冷たい瞳が見つめていた。







―――――カチン。





ジッポの炎に照らされて冷たい美貌が浮かびあがった。


ふーっと吐き出された紫煙に運転席にいた忠実な部下の視線がちらりとミラー越しにこちらを向いた。







「―――――よろしかったので?」


問われた意味を知っていて久居要は鼻で笑う。





――――狂犬が飼い主の元にやってきて数日の今日。


青龍曰く"立派な招待状"が久居要の元に届いていた。







『――――四神全員アンタを夜の中枢に近づけないってアイツの意志を無視しようとは思っちゃいないだろうよ。何しろ大御所に恩はあるが俺たちの正式な顔はアイツなんだ』



―――いつだって陽気な青龍、新橋恭平は狂犬が現れた次の日にふらりと姿を見せてそう四神を代表した。





『――――それに四神だって人間だぜ?目に見えた"生き地獄"にわざわざ首突っ込む奴はいないさ。それでなくても俺はこないだの件でアイツに大目玉食らってるんだ。このうえ、怪物のマジギレに晒されるなんてぞっとするね』


ふらりとやってきた野良犬はやはりふらりと帰ろうとしたその去り際にニヤリとドアを掴んだまま置き土産を置いて行った。





『―――なぁ、要さん。わかっちゃいるだろうが出方は慎重に決めた方がいい。何、アンタが夜の中枢に近づくのがどうだこうだと言いたいんじゃない』


『―――アイツの"マジギレ"に気をつけろってことさ。アイツなりにアンタのことを思ってのことだろうしな。ま、どっちにしても今回、俺は見てるだけでも十分おいしい役ってわけだ』


軽くウィンクして『忠告はした』とそう笑った男はそれから数分も経たないうちに要のマンションから姿を消した。



――――何をしに来たかと問えばおそらく"火に油を注ぎに来た"とでも言うのだろう。


愉快そうに笑うその瞳は"傍観する"楽しさをただ語るだけで嘘や偽りは一切見えなかった。






――――狂犬も四神も使わずに一体誰が"招待状"を持ってくるのか。




その答えが明白になったのが今日という日だ。










『――――お届け者です』



誰でも知っている緑の帽子を被り猫のマークを携えた宅急便の配達員は極普通にそれを久居要の秘書に渡していったという。



その配達ビジネス便の中に複数の人間の人生を左右する招待状が隠されているとも知らずに。







――――チェック。



そう告げられたなら相手はキングの駒を嫌でも動かせなければいけない。








――――そして、駒は動いたのだ。







――――久居要は何の変哲もないその一枚の紙を夜景の灯りに照らし出して一人笑った。


おそらく先方も緋来轟もしくは四神経由で要に己の意思が伝わっていることを承知していたはずだ。


どんな驚愕の手段を取るか神経過敏になる若者をまさかの普通すぎるビジネス便でからかおうというわけだ。





―――――どうやら久居要のチェスの相手はとんだシャレっ気の持ち主らしい。



そして、その普通過ぎるビジネス郵便に込められたメッセージはただ1つ。




"オマエなど相手にはしていない"。



――――余裕を窺わせるそれだった。





なんとも強大な闇を相手にしたものだ。



―――久居要は美しい夜景に目を細めた。








「――――――このままあの方に何も告げずに行くおつもりですか?」


忠実な部下の問いに要はふーっと紫煙を吐き出した。







「――――あれで頭の良い男だ。承知の上だろう」





―――――暇ではないだろうその顔を見せにやってきたのは飼い主の顔見たさというわけではないはずだ。


古狸の宣戦布告を久居要という男が飲むとその獣のような勘で察知していたからこそ、わざわざその足で"忠告"しにきたのだ。


だったら、断わりなど入れる必要がどこにあるのか。




―――まして狂犬の言うことを聞くような飼い主ではそのうち自らの犬に食い殺されるのが落ちだ。


何しろ要の飼う狂犬は飼い主を食い殺すことが一番の喜びなのだ。







「――――言わねばわからん駄犬に用はない」





――――久居要はうっすらとほくそ笑んだ。





いくら葉を切ろうと幹を切ろうと腐ったその根を取り除くことは出来はしない。


一度夜からの招待状を断ったところで、相手に攻め入る良い言い訳を与えるだけなのだ。


それならば、守りに入るよりいっそ攻めに出る方が利口というのものだ。







「―――――ふっ。避けきれない剛速球は受け止めるまでだろう?」






―――火のついた煙草から紫煙が立ち昇っていた。








――――無知は罪である。


かつてかの有名な古代ギリシャの哲学者はそう言って無知なる者たちに殺された。



『無知は罪なり、知は空虚なり、英知持つもの英雄なり』



そう告げる彼に怖れと憎悪を抱いた無知なる者たちは彼を死刑台へと追い詰めたのだ。


それがどうだというわけではない。



――――ただ無知は罪であるが、同時に偏った知識はただの偏見であり、無益どころか足を踏み外させる危険な代物だ。





―――メディア、雑誌、新聞。



この世に本当の事実だけを知っている者たちが一体何人いるというのか。





歴史問題、領土問題、戦争、外交。



―――ある見方をすれば産声を上げてから死ぬまで人間という生き物は、意識・無意識に関わらず他人に作られた情報の中で生きていくことになる。



だからこそ、何かを知るためには自らの目で見、自らの耳で聞くことが必要なのだ。



―――誰の意見でもない己でその真実を確かめるために。




そして、知っていても役に立たない知識はただ無価値。


役立ててこそ知識には意義があり、その経験により培う英知こそが有益なのだと殺された哲学者はその言葉に託した。




―――久居要は殺された哲学者のその言葉を決して嫌いではない。







――――無知は罪である。


"知らなかった"では許されないこの世の中では時にリスクを犯してでも"知らなければいけない"その事実がある。



――――それが自分を取り囲む環境であるなら尚更のこと。





"気づかなかった"


"知らなかった"





――――そんな甘い言い訳が通用するのは子供の世界だけの話なのだ。


まして人からの口うるさい忠告よりも自らが学ぶことでしか得られない経験という名の英知は、虎穴に飛び込んだ者にしか掴み取ることはできない貴重な代物だ。




――――チェスをするにはまずチェスマンを知らなければならない。






「――――さて、夜を支配するその手腕見せてもらおうか、古狸」






カサっ。





―――――冷たく笑った久居要の手の中で、冷房の風に揺らされて一枚の紙が音を立てて揺れていた。







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チェスマン:駒



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