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< 罅の入ったビー球 >
――――――朝帰り、まだ日の昇る少し前。
誰かのぬくもりから離れて、雪夜は1人家に帰りつく。
―――愛人か、仕事か。
金だけ送って帰って来ることのない両親の家は広すぎてひんやりとした空気が彼を刺す。
静まり返ったリビングを通り過ぎ、彼は一直線に自分の部屋に駆け込んだ。
―――時刻は午前5時半になろうとしている。
慌てて自分の部屋にあがり、窓のカーテンを開ける。
誰もいない家の前の広い道が、視界に広がって、ようやく雪夜はほっと息を吐いた。
――――――よかった・・・・まだ通ってない。
ぼーっと窓の外を見つめ、ふと後ろを振り返る。
―――誰もいない、静まり返った死んだ家を。
――――小さなころ。
雪夜は聡い子供だった。
そして冷め切った夫婦間に不安を感じ、帰ることの少なくなった両親を必死に取り戻そうとした。
つまらないと感じていた小学校では、欲しくもない友達をたくさん作って、おもしろくもない勉強をして、そうして必死に優等生を演じた。家庭では、元気で素直な聞き分けの良い、良い子を・・・・・・。
――――それは全て両親に自分の存在に気づいて欲しかったから。
―――――しかし、小学校を卒業するころ、ようやく、雪夜は気づいた。
いくらでも与えられる札束。
欲しくもないのに増えるおもちゃ。
しかし、それらは決して雪夜にぬくもりを与えてくれることはなかった。
―――――全て無駄だったのだと、悟った。
それは、彼の存在意義に皹が入った瞬間だったのかもしれない。
今思えばお笑い草だが、それでも諦められず足掻いても見た。中学生にしては早熟だった雪夜は、カツアゲ、喧嘩、薬、酒、煙草、バイク、何でも試した。
求められることに溺れて男に抱かれることもあれば、がむしゃらな怒りに任せて女を抱くこともあった。
しかし、その足掻きすら意味がないのだと悟ったのは・・・・そう、暴力沙汰を起こして警察に連れて行かれた時かもしれない。
――――あの時の警察官の哀れみの目が今も忘れられない。
『かわいそうに』
そう語る目に必死に歯を食いしばったあの日。
―――両親が雪夜を迎えに来ることは、とうとうなかった。
――――それでも雪夜は泣かなかった。
じっと両親を待つ間も。
警察官に家まで送られる間も。
ずっと・・・・。
泣けば、全て終わる気がしていたから。
けれど―――――
帰り着いた家は死んでいた。
―――いっそ死臭すら匂う気がした。
誰もいない真っ暗な部屋で、雪夜は泣いた。
子供のように。
わぁわぁっと。
――――皹の入ったビー球はすぐに割れる。
粉々に。
跡形もなく・・・・。
―――死んだ家に住んでいるのは、差し詰め生きた亡霊。
昼は惰性で学校へ通い、習慣で優等生を演じた。
夜は無心で街を徘徊し、生きることに飢えて体を重ねた。
――――――魂のない人形だった。
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