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< ゲームの続き >
――――都心の一等地にあるその老舗料亭は夜ごと政財界の大物が集まると知る者ぞ知るその場所である。
贅沢な日本庭園もさることながら、一つ一つが離れとして作られ、個室として隔離された空間を利用できることから、重要な密談に利用されることが多かった。
提供される日本料理の味も最上級ならば、もてなしの心を最上級、対してその値段はどれほどのものかは言う必要はない。
「――――――失礼致します」
――――座敷に料理を運び終え退出する中年の仲居は顔にその経験数を刻んでいるだけ合って、決して客の顔をじろじろと見ることはなかった。
むしろ、自然に視線を外すその様子は決して料理だけを求めて客がこの店を選ぶのではないと物語る。
―――――カッ、コンッ。
美しい竹の音が障子紙の向こうから流れてきた。
本来、鹿威しは害獣を追い払うために作られたものであったが、その音の風流さに日本庭園の定番とされるようになったという。
「―――――ご足労おかけした」
――――なるほど確かにその美しい音色は害獣を追い払えてはいないのだ。
シルバーの上品なスーツに身を包んだ久居要は冷笑を称えて目の前に座る老人に一礼した。
「――――こちらこそ。本日はお招き頂きましてありがとうございます」
10畳ほどの室内に怜悧なその声が響くと老人の豪快な笑い声がその後に続く。
「――――まぁ、堅苦しいことは抜きにして気楽にな」
――――瞼の皺で目が隠れるがその瞳の光の強さは尋常ではなかった。
しゃがれたその声に緊張感を持つなという方が無理な話なのだ。
現に出入り口付近に立つ二人組の男は既に緊張した面持ちで室内を見つめている。
―――否、緊張ではなく威嚇か。
どちらにせよ老人が連れてきた部下自身がその有様では"緊張するな"という言葉そのものが客人にとっては威圧としか思えまい。
―――要は薄らと笑みを浮かべた。
嫌でも緊迫感を垂れ流しにされたこの空間でどうやら狐狸合戦したいというのが目の前の老人の意向らしい。
――――タッチアンドムーブ。
いずれにせよ触った駒は動かすのがチェスの原則だ。
「――――では、お言葉に甘えて」
―――――久居要は静かに口火を切った。
――――ゲームの続きはもう始まっている。
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