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< 棒飴とスケートボード7 >
――――カラン、コロン。
ムツキのほんのり色づいたほっぺの中で大好きなコーラ味が転がってはその甘くてちょっぴり刺激的な味を主張する。
―――大好きな大好きなコーラ味。
いつもだったらその味にほんわか笑って上機嫌なムツキなのだけれど、今日はなぜかその青い瞳は笑ってはいないのである。
――――いつもスケボー好きのヒロヤに付き合ってPGへ行くと『Bad Boy!』なんて汚く落書きされたシャッターに背中をつけてムツキは定位置の体育座りを慣行する。
だって、そこはスケボー少年が繰り出す魔法を全部見ることが出来るムツキの特等席だからである。
そこでボーっと棒飴転がしながら大好きな半眼少年を眺めるのがムツキの一番のお気に入りなのだ。
―――ガーガーを音を立てて魔法のように板を操るスケボー少年の姿は文句なしにカッコいい。
誰に褒められる訳でもないのに大好きなことを淡々と努力するB系少年は例え技に失敗したって血の滲むその怪我に『痛い』と弱音を吐くことも『失敗した』と笑って誤魔化すこともない。
―――ただ何も言わずにまた板に乗って走り出すそんな無言の背中に恋をしている。
―――いつか、見た目を裏切る優しいB系少年は『オマエもやるか?』とムツキ専用のスケボーを用意してくれた。
そのスケボーを一式揃えるのにどれだけお金が必要なのか後から知ることになったムツキだけれど、その日がどんなに嬉しかったか今でも言葉では言い表せられない。
―――小さな恋の芽が大きな蕾を付けてくれることを祈って長い長い努力の道を辿ってきた。
言葉数の少ないマイペースさん相手に一生懸命を話題を振って、やっと返ってきた答えにほっと安心するけれど、今度はがっついて根堀葉堀聞いては逃げられてはたまらないと、いつだって無口なヒロヤがどう思っているのか手さぐりの状態を繰り返して来たのだ。
だから、ムツキが専用のスケボーを獲得した日は長い長いムツキの努力が報われて無口なスケボー少年がやっと『隣にいてもいい』とそう行動で示してくれた大切な記念日だったのである。
―――だけど、せっかく用意してくれたその板遊びをムツキは続けることはできなかった。
『ごめんね』っと呟いたムツキに心優しいB系少年は『しょうがねー』っと苦笑して許してくれたけれど、それがとっても胸に切なくて『やっぱりやる』と何度も言いたくなってしまうムツキなのである。
―――スケボーをすればするその時間だけ、図らずも大好きな少年を見る時間が削られてしまうのは何とも理不尽な現実だった。
恋か青春か大いに悩んだ末の結果が、今も手入れを欠かされずにムツキの部屋のベッドの脇に大切に大切に立てかけられているスケートボードなのだ。
「――――ガキ、ちょっとこいよ」
――――ガリッ。
思わず歯を立ててしまったムツキは口の中で大好きなコーラ味が真っ二つに割れてしまったことにとってもがっかりした。
―――大好きなその眼差しがスケボーならまだしもどこかの誰かに向けられるのは到底我慢できない。
だから、ムツキはその声を無視してスケボーを続ける背中にほんわか笑うと平然と悪魔に喧嘩を売るのである。
「――――不良さん。ヒロヤはガキじゃないよ。それにヒロヤは行かないし、行かせる気もないかな」
その言葉をここ界隈のNo.2が聞くはずはなかったのだけれど『口から出てしまったものは取り戻せない』そう勝手に言い訳したムツキはゆっくりと特等席から立ち上がった。
いくら『お人形さん』と言われる綺麗な顔をしたムツキだって立派な男の子なのである。
―――今日もいつもと変わらない毎日が訪れるはずだったのにツンツン頭の邪な悪魔はムツキの大好きなスケボー少年を攫いにやってきたのだ。
ぺっと吐き出された白い棒が空高く飛んでいく。
恋の神様だろうと出会い頭の運命だろうとムツキはもう心に決めているのだ。
――――この恋を絶対渡さない。
End.
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