Main
< 狂気と月と 2 >
――――薬はすばやく溶けた。
紅い、紅いワインの泉に小さなカプセルは難なく溺れていくのだ。
男が秘密裏に手を回して手に入れたそれは、今宵、十分に役立ってもらわなければいけない代物だった。
――――徐々に体内に吸収され、体中の血液を汚染する。
そして、最後にはどんなに優秀な脳も侵すだろう。
「――――香りに影響はありませんが、少々、味が変わったかもしれませんね」
最高級品のワインだけを口にする趣味の男はそう呟いた。
しかし香りにしろ、味にしろ、異物入りの飲み物に“彼”が気づかないはずがない。
だから、男は自嘲する。
――――知って尚“彼”がグラスに口をつけるかどうかということが問題なのだと。
自分勝手で狡猾な男は愛する人の心を秤にかける。
そして、賢い彼の恋人はすぐにそれを悟ることになるだろう。
「――――天秤は一体どちらに傾くのでしょうね、優」
よく磨かれたグラスが月明かりを反射して美しく輝く。
――――翡翠の瞳は密かに物悲しげに何かを語っていたが、すぐに強い意志を秘めて月に向けられた。
[*前へ][次へ#]
[戻る]
[小説ナビ|小説大賞]
無料HPエムペ!