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< 一歩の距離 >
「お、おはようございます!!」
元気な声とともに二人の前に立ちはだかる壁。
それはまだ子供っぽさの抜けきらぬ少年だった。
大きな目はキラキラと輝き、飼い主を見つけたと言わんばかりに満面の笑みが浮かんでいる。パタパタと背後で揺れる尻尾が見える勢いである。
―――雪夜は思わず、舌打ちしたい気分になった。
小宮勇気(こみやゆうき)。
今年の新入生の中でももっとも話題の多い少年である。バンビのような大きな瞳。浮かぶそばかすも何のその、可愛らしい顔立ちをしている。
元気で活発、そしておそろしく素直だ。
―――何しろ、入学早々在学生と入学生がごった返す式典中に、サッカー部のエース相手に大告白をカマし、尚且つ拒絶にめげず、今もこうして子犬よろしく付きまとってくるのだから。
雪夜はちらりと藤井を伺った。
ぎょっとしている彼に密かに安堵して雪夜は笑顔を繕うのだ。
――――可愛くも憎くも後輩である。
「おはよう。今日も元気だね」
「はい。・・・・僕、それだけが取り柄なんで」
―――だろうね。
照れたように笑う後輩に凍てつく視線を向けながら、雪夜は心の中で冷たく囁いた。
「・・・・あの、一緒に登校してもいいですか?」
遠慮がちに問う姿は見る者の庇護欲を擽るだろう。
―――だが、生憎雪夜は、そんなものを持ち合わせてはいなかった。
加えて下心や計算のない純粋な人間など、彼の親友以外に認められないのである。
―――――白々しい。
「かまわないよ。・・・だろ?」
内心の声を押し隠し雪夜の笑顔は貼り付いたままだ。
戸惑ったように頷く藤井に小宮はうれしそうに近づいてその隣へと並ぶ。
そして、もはや雪夜の存在を忘れたかのように素直
な少年は一生懸命に意中の彼に話しかけ始めるのである。
――――公衆の面前では断ることも出来ない。
―――冗談じゃない。
雪夜は毎度のことながら、内心ため息を吐く。
活発で元気が良いのは本人の勝手なのだが、その純粋さが、その素直さが、ことごとく雪夜の邪魔をするのである。
2年に上がってこのかた、親友と2人きりの朝の至福など、この少年のおかげで0に等しいのだ。
―――――本当に冗談じゃない。
雪夜はもはや隣から後に後退してしまった2人に唇を噛んだ。
―――どうにかしなければならないと思うのだが、公衆の面前で後輩を非難するような大人気ないことはしたくはない。それでは、今まで築き上げてきた園田雪夜像が壊れてしまう。
が、しかし。
――――徐々に開いていく親友との距離。
たった一歩の差。
これは目に見えるただの物理的な距離。
だが、心中では、これが本物になるかもしれないという恐れが静に芽生えていた。
4年の歳月を費やしてようやく己のものとなった藤井康介の隣。
――――――今更手放す気には、到底なれない。
・・・・たとえ、それが親友止まりのものであっても。
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