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< 禁断の実 >
――――アダムはなぜ禁断の実を口にしたのか。
それは"禁じられていた"からだと誰かが言った。
―――――トンッ。
静かに頭上に伸びてきたその腕が河野真咲を背後の壁へと縫いとめる。
細められたその流し目は心底愉快だとそう告げていた。
「――――『抱いて』って?お嬢様がそれ望むならいつだって諸手を挙げて大歓迎さ」
――――すっとその長い指が真咲の顎を掬いあげた時、真咲は完全に男への憎悪を感じていた。
『ギャ―――!!卓様止めて――っ!!!』
『おおっ!さすが天下の色男!おこぼれはこっちに回せよ〜』
『卓様、そうゆうセリフはそいつじゃなくて僕に言って―――っ!!!』
『小市民が!!卓様に触るな〜!!』
――――廊下に広がるのは耳を覆いたくなるほどの奇声。
混沌と化した空間で河野真咲は耳にそっと寄せられた言葉に背筋を凍らせた。
「――――"アイツ"の代わりに抱いてほしいって?」
―――ぞわっと鳥肌の立った体を無意識にぎゅっと抱きしめる。
だが、唇をぐっと噛みしめたところで、耳にかかるその甘い吐息は止むことはない。
低く。
優しく。
―――その声は甘い禁断の実を差し出した。
「――――そりゃもう優しく抱いてやるよ?隅から隅まで。余すとこなくさ」
――――悪魔の誘惑。
「――――憎い俺に抱かれればもれなく"アイツ"が抱いてくれるさ」
―――――甘く囁くその声に真咲はぱっと最低最悪のNo.1ホストを睨みつけた。
しかし、愉快そうに笑った色男はただ親指の腹で誘うように真咲の顎を撫でるだけなのだ。
そして、ゆっくりと唇を近づけて。
――――悪魔は笑う。
「――――どうする?黒いカラスのお嬢さん」
――――唇の触れる間際のその場所で。
甚振る獲物を奈落の底へ突き落とそうと待っている。
――――さぁ、落ちる勇気がオマエにあるのか。
嘲りと中傷を織り交ぜたその問いかけに真咲はただ拳を握りしめた。
『男が笑えば獲物が落ちる』
――――そう噂されるタチの悪い男に真咲の心は煮えたぎる憎悪に燃えていた。
アダムはなぜ禁断の実を口にしたのか。
――――それは"禁じられていた"からだと誰かが言った。
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