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< 棒飴とスケートボード3 >




――――ヒロヤに初めて出来た親友はとても綺麗なお人形さんだった。

吸い込まれるような青い瞳に日に焼けない白い肌。華奢な骨格だけは"日本人"だけれど、スタイルの良さは"外人"で。だから、外人サイズを小さめにしたまさしく"お人形さん"だ。

ヒヨコみたいなふわふわな髪を揺らしてほんわか笑う笑顔に癒される。棒飴を舐めながら、時々人がドキリとするような毒舌をさらりという掴めなさがとても面白い。


―――だから、ムツキといても飽きるなんてないとヒロヤはそう思っている。


だけど、そう思っているのはヒロヤだけではないのかもしれない。





「――――わかってんのか。てめぇ、邪魔なんだよ」

屋上に呼び出され、イヤホンを引っこ抜かれたと思ったらデカイ男が突然吠えた。おかげで高かったヒロヤのお気に入りのi-Podは空を舞っていった。




―――――セーフ。

顔に飛ぶ唾よりも何よりも、ギリギリ屋上の隅っこに舞い落ちた黒い影を目で追って、ヒロヤはのんきにそんなことを思っていた。

壊れていなければいいけど。そう思うヒロヤは天然という訳でも無邪気という訳でもない。



――――体がデカイ割によく吠える奴は"使えない"。


経験上そう思うからこの目の前のデカイ男を真剣に相手にしても仕方がない。敢えて言うなら、そう思うヒロヤは少し傲慢なのかもしれない。




―――それでも、相手はここ界隈のNo.1だからおそらく力だけはあるんだろう。


案の定、頬に走った痛みに続いて背中にすごい衝撃がやってきた。ぱっちり目を開けてようやく殴られたうえに壁にぶつかったのだとわかる始末である。

その力を身を持って体験したヒロヤは背中に痛みを覚えながら、ある意味i-Podがなくてよかったかもしれないとのんきに思った。

―――口元にしていたピアスのおかげで口の中には血の味が広がっていた。





「―――人の話聞いてんのか、このチビがっ!」



がなる男を無視して大事な板の存在を確認するとヒロヤは宝物をそっと脇へと置いた。キャップのつばを掴んで帽子を外すと黒いアシメの短髪が露わになる。

同じく被害に合わないようにお気に入りの帽子を脇に飛ばして、口の中に溜まった血をペッと吐き出した。



――――その様子はどこからどう見ても喧嘩の常習犯である。






「―――聞く気なんかねぇよ、能無し」

低い冷静な声が囁かれたと同時にデカイ男の体はどさっと倒れ込む。


―――はっきり言って平均身長でそれほど筋肉がついている訳でもないB系に喧嘩を売ってくる族はとても多いのだ。

それでなくてもずっと1人でいたから喧嘩の相手なんて事欠かなかった。



口にも耳にもピアスの穴、アシメな髪に加えて横から三本のラインが入り、極めつけは生意気そうなその半眼。細い体に長めのパンツ、小さめサイズのシャツからはSKBで焼けた小麦肌が見えていた。




―――――ちょっとだけ世間様に個性を主張しすぎていたのかもしれない。


友達はできないというのに喧嘩相手ばかりわらわらと出てくるのには辟易してしまったヒロヤである。

173cmの小柄な体には月並みなパワーしかないけれど幸運なことに瞬発力とスピードにかけては、ただ身長のデカイ奴よりよっぽどマシだ。

だから、頭さえ使えば大抵"ほどほど"の結果というものが付いてくる。





「――――てめぇ、やったな」

しかし、完璧な足払いもこの界隈のヘッドにはやはりそれほどの威力はなかったらしい。

なんだか頭の悪そうなセリフを並べて立ち上がるデカ男にちっとも緊張感を感じないヒロヤである。

再び口の中に溜まった血をペッと吐き出して口元に垂れた血を腕でぬぐう。




――――これで漂白決定だ。

社会を挑発するBボーイのくせに家に帰れば母親思いの家事担当はそう心の中でため息を吐いた。





「―――――ムツキが好きなら、ムツキにじゃれろよ。気が向いたら、そのデカケツまた食ってくれんじゃねぇの」



―――最後の方はちょっとだけ嫉妬が交ってしまった。

ただ普通に生活していただけでムツキ好みの体を手に入れるなんてズルイの一言に尽きるではないか。

ヒロヤだって出来ればあと10cmほど身長を伸ばしてもっと男らしく筋肉をつけたい。


――――育ち盛りの健康男児が毎日牛乳を飲んでもお腹を壊すだけなんて冗談じゃない。

だから、自然、その半眼にちょこっと殺気が交ってしまってもきっと神様は許してくれるに違いない。


――――ヒロヤはそう勝手に結論づけると、洗濯日和の青空の下、金魚のように口をパクパクした相手へ、男らしくまっすぐ向かっていた。






――――"チビ"と言われるのが、何より今は嫌だった。













「―――おい、ガキ」




青空の下、不良少年宜しく喧嘩の果たし合いをしたヒロヤは、その屋上の帰り道、暗い階段で男らしい腕に掴まってしまった。

いつかの"不良"はしたり顔で何やら下から上までヒロヤを確認すると「アイツとやり合ったのか、まぁ立っていられるだけマシな方か」っと偉そうに呟いていた。





――――キャップを被っていたって口元の青タンは隠せない。

ヒロヤはこれ以上の疲労困憊を避けるため、すっと腕を取り戻して「おい」っと背後からかかる声を無視して階段を駆け降りた。







―――おかげで余計に足腰にキてしまった。





「――――やってらんねぇー」


次の授業をボイコットしてヒロヤはゆっくりと玄関へと向かう。ポケットからi-Phoneを取り出して、それでも騒ぎの元に知らせようとする自分に気づいて唇を噛みしめた。



―――外に出れば晴れ渡る青空がヒロヤにニッコリ微笑みかけたのだが、生憎それどころではないヒロヤはむっとした顔で「節操なし」っと呟くだけであった。


相棒のボードを足元に置いてプッシュすると、ガーッとウイールが回って目の前の風景が進み出す。


―――送信されなかったメールの存在などどうでもいい。





―――思わず滲んでき瞳の"汗"をヒロヤが血の着いたシャツでぬぐったのは誰にも内緒だ。


だって、大の男はこんなことぐらいで泣いたりなんてしないのだから。


――――大の男になって母さんを守る、それが父親と交わした最初で最後の約束だった。








神様は本当に意地悪だ。


身長ぐらいあっさりくれればいいのだ。

筋肉ぐらいあっさりくれればいいのだ。




――――そうすればこんなに哀しくなることなんてなかったのに。




ヒロヤは止まらない"汗"がすれ違う通行人に見えないようにキャップのつばをいつもよりずっと下に向け直す。

つばを掴んだその手が微かに震えているのは久しぶりに人を殴ったからではないと知っていた。






―――恋って一体何なんだろう。


"タイプじゃない"の一言で"好きです"っと言う権利すらあっさり失ってしまうものなんだろうか。





―――恋愛経験のないヒロヤにはその答えがわからない。




コンクリートを滑る長年の友人がガーッと慰めの声をかけたのだが、今のヒロヤにその声が届くことはない。

―――いつかその柔らかい金の髪を揺らして友人はほんわか笑ってヒロヤに言ったのだ。





『――――大丈夫。ヒロヤはタイプじゃないから』





――――全然、大丈夫なんかじゃない。




それが鋭い刃となって今もヒロヤの胸に突き刺さっているのだから。





End.

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