[通常モード] [URL送信]

Main
< チェック >






『―――――女王様のお茶会。ぶち壊されたんだって?』



――――楽しそうに語るその声の向こうから、"夜の声"が追いかけてきた。


大音量の機械音に混じって聞こえるのは夜の住人たちのあげる享楽の声。しかし、電話口まで届くその"夜の声"とは対照的に電話の主のいる書斎はただ静かに沈黙を守っていた。






――――ひとりの傲慢な女に身に相応しい贈り物が贈られた翌日、その電話は鳴った。



太陽が消えた時刻に掛って来たその一本の電話は、書類に目を通していた男の動きを静かに止めた。

ハンズフリーに切り替えられた電話はすぐに静かな書斎を煩わしい音で満たす。


―――久居要はシガレットケースから優雅に一本煙草を取り出してゆっくりと口に咥えた。




『――――要さん、あんたどんな面白いことしたの?』







―――――カチン。



火を噴いたジッポが甲高い声で蓋を閉めると、一筋の紫煙が空を舞う。ゆっくりと拡散した紫煙の舞いはやがて消え、人工的な機械音だけがその場に残された。







――――夜を自由に駆け回る野良犬には"夜の番犬"としての顔がある。





夜の『耳』は四神のリーダー青龍。

夜の『口』は四神の頭脳、白虎。

夜の『鼻』は四神の力、朱雀。

夜の『目』は四神の監視役、玄武。





―――とかく現青龍はいくつもの名を使い分ける"地獄耳"としてその名を馳せていた。

夜の世界に届く"御伽噺"が真っ先に行きつく先はもっぱら青龍の元だというのが、知る人ぞ知る夜の常識なのだ。







「――――楽しめたか、青龍」

沈黙の後に吐き出された言葉に電話の相手はしばし沈黙した。






――――その静かな問いかけには謎めいた奥深さが隠されていた。







『――――楽しめたよ』



夜の声に埋もれることも交ることもない、静かでいて確かな声。



――――そこには新橋恭平らしい陽気さは見えなかった。





――――陽気の下に隠れる四神青龍の本性は、静かに爪を磨ぐ獣。久居要は空に目を細めて静かに口を開いた。




「―――相手は素人。そのうえ金持ちのお人形。戦略を立てる頭脳も囲いから出る度胸もない。私の忠実な犬たちがいくら調べたところで夜への繋がりは"白"。ゲームの相手があの女と分かったところで"証拠"は出なかった」



言葉を止めて焼ける煙草の先を見つめる。




―――その一点は何千度という熱を帯び、じりじりと巻紙を焼いていく。




「――――つまり、素人の絵空事を実現させた"夜"の住人がいるわけだ」





――――ギィィ。



高級チェアの背もたれにぐっとその体重がかかると吐き出された紫煙が一直線にテーブルに置かれたチェス盤へと走っていった。





「―――元側近があの傲慢な女に恨みを抱くなら未だしも、努々助力しようなどと思うか?あの家の者なら誰だって知っている。金よりも五体満足な人生の方がよっぽど大切だとな。・・・やっと地獄から抜け出た元側近があの家の者に進んで近づくなどよっぽどの愚か者以外は考えられまい?」



―――要の視線の先ではチェスボードをひたすら"斜"に動くビショップが静かにそこに起立している。




「――――もっともそんな愚かな元側近が本当にいればの話だが」



―――静かなその独白に返される答えはない。



電話の向こうの沈黙に目を細め、要はただ吸いかけの煙草をゆっくりと灰皿に押し付けた。




「―――金に踊らされた哀れな男から、情報を聞き出して元側近"を洗い出したのは・・・」





――――最後の紫煙を登らせて火が消えゆく。






「―――――"青龍"、オマエだったな」









―――言うだけならタダ。

そう、いくらでも人間は戯言を唱えることができる。結果を出そうと出すまいと。夢だけはいくらでも語ることができるのだ。




―――だから、久居要はどんな言葉も信用しない。


信じるのは言葉ではなく、些細な声の震えや目の動き、汗のにおい、体温、羅列されたデータや理に適う答えだ。



――――見つけた事実、ただそれだけを信じる。



要が立つのは、弱肉強食の昼のビジネス世界。

弱い者は淘汰され強い者だけが生き残る食物連鎖というピラミッドは常にその存在を高々と主張する。ひとたび判断を誤れば、待っているのは地獄への下り坂。


家をなくす者。

家族を失う者。

己を見失う者。


―――足元をすくわれた者の末路は目と鼻の先にある。


都会の片隅に追いやられた昼にも夜にも溶け込むことの出来ない存在たちを見れば、その行く末は見るに明らかだ。だからこそ、誰に対してもこのスタンスを変えることはない。




――――特に己を主人とする実力者は、嘘を平気で本物に変えることができるのだから。







――――"氷帝"。



感情よりも理性を取る氷のように冷たい男の原点はそこにあった。



―――事実だけをありのままに判断する男に"嘘"や"見かけ"は通用しない。洞察力に富んだその目で、ひたすら冷たくこの世界を見つめる男は、ただその頭脳と度胸だけで世界を渡っていくのだから。






『――――なんだ、お見通し?』




―――夜の世界を牛耳る1人は愉快そうに笑っていた。



要は静かに席を立つと中央に置かれたテーブルへと足を進める。




―――――目の前にはやりかけのチェスボード。





『――――いつから気づいてた?』





「――――情報を拾うだけに一カ月。"地獄耳"が聞いて呆れる。知っていたとしか考えられまい?」


ゆっくりとビショップがその形の良い指に消えていく。


―――ボードから避けられた僧侶がようやくゲームというステージから降りるのだ。






――――そうして残るのは"本物"のキング。




あの日弾き落とされたそれではない。





「―――年上には敬意を払えというが、生憎私は帰国子女。隠居の爺さんに言っておけ。あの厄介者を返して欲しいなら伸しつけてくれてやるとな」



――――冷笑を浮かべた要は指に掴んだ駒を"黒幕"の脇にすっと置いた。





「――――ただし、下手な小細工せずに自分で出向いて来いと」









―――――チェック。




キングが動かねば次は駒を取られるという脅しだ。相手は次のターンで必ず動かなければゲームに負ける。




――――さぁ、本物のゲームはまだ始まったばかり。



久居要を目を細めてチェスボードを眺めるとそううすら笑っていた。





[*前へ][次へ#]
[戻る]


第3回BLove小説漫画コンテスト開催中
[小説ナビ|小説大賞]
無料HPエムペ!