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< 贈り物 >
―――――洗練された洋装に飾られた美しい花々。
所狭しと立ち並ぶのは一般人には手の届かない高級食材ばかりで、密やかに鼓膜を揺さぶるのは世界でもその名の通った音楽家たちの調べだ。
――――美しいドレスに身を包んだ女たちと高価なスーツに身を包む男たちはいずれも上品に、そして優雅に己の資産を語る。
ある者は美しい化粧の下にその執拗な金への思いを隠し。
ある者は高級な布地の下にその醜悪な権力への欲望を隠し。
――――そして、ある者は巨大なその虚栄心を隠して。
「――――――ゆかり様、本日の献上品をお披露目する時間でございます」
―――――今宵も資本主義の勝ち組たちはその尽きぬ野心と山の如く高いプライドを満たすため、邸宅でサロンを催してその人脈と金の行く末に策略を巡らしていた。
社交界の主催者である女は、密かな側近の声に小さく頷いて手で合図する。高価な口紅が塗られた唇は上品に弧を描いた。
「―――――――お楽しみの時間ね」
定期的に行われるこの会員制の催しは、女の巨大な支配欲と虚栄心を満たすと同時に参加者にその資産を誇る機会と名を広めるチャンスを与えていた。
―――女への献上品として齎される物によって、参加者の権威と人脈が決まる。それゆえ、社交界での不動の地位を手に入れるため、参加者たちはこのささやかな催しに命をかけていると言っても過言ではなかった。
――――ドレスに宝石。
飛行機、車、マンション、別荘。
権力の具現化したその催しが始まれば、ありとあらゆる物が贈られて、その贈り主の名も高々と発表されていった。
―――今宵の品はなかなかね。
女は悠然と中央に置かれた大きなソファに座り、満足そうに笑っていた。
「―――――次は匿名希望です」
司会者がそう告げた時、女は妙なこともあるものだと首を傾げた。
―――皆一様にプレゼントには自分の名を入れるのが通例。
そうでなければこの場でその名を売ることはできないからだ。しかし、やはり稀に匿名希望でプレゼントを贈り、刺激的な印象を植え付けた上で女のお気に入りになろうとするものも少なくはない。そうであれば、確実にこの催し後に名乗り出てくるだろう。
―――――だから、女は綺麗に包装されたその大きな箱を開けるよう小さく頷いたのだ。
「―――――なんなの、あれはっ!!」
怒りの収まらない女は、側近の男たちを引きつれて廊下をすばやく進んでいた。そして、踏んでしまいそうなドレスのデザイナーに悪態を吐くと、足を止めて側近を振り返る。
「――――なぜ、あんなものが紛れこんだのっ!!」
箱を開ける合図をしたのは女であったが、万が一のために中身を確認するのは側近たちの務めだ。それなのに、目の前の男たちは満足に仕事もできなかったのだ。おかげで一生に残る恥をかいた。
――――女はざわめきに揺れた会場を思い出す。
困惑の顔で今宵のホステスを見みつめる客人たち。
―――たった1つのプレゼントで。
――――この"久居ゆかり"の顔にはべったりと泥を塗られたのだ。
到底、怒りが収まるはずもなかった。
「――――も、申し訳ございませんっ!!しかし、確認した際にはあのようなものは・・・」
頭を下げる男達にわなわなと震える女は「顔をお上げなさい」と声を荒げた。
――――パンッッ!!!!
顔を上げた男の頬を容赦なく張った女の怒りはしかし、それでも収まることはない。
―――仕事一つまともにこなせない者などいらぬ。
女は冷たく男を見つめて目を細めた。
「―――――オマエは首よ。この私に恥をかかせるなんてっ!お父様に言いつけて路頭に迷わせてやるわ!覚悟なさい」
この家主の恐ろしさを知る男は、途端、青ざめて膝を地につけ頭を下げた。
「――――そ、それだけは。お嬢様、それだけはおやめくださいっ!!」
―――"路頭に迷わす"という言葉は嘘ではない。
ここの家主が一度でも決定をくだせば、どんなむごいことも平然と実行に移される。
そうなれば、まず普通に生きてはいけない。
男は残りの人生を思い、床に頭を擦り付けた。せめて一般人に保障された人生だけでも生きることができるように。
―――しかし、生まれつき絶対者として生きてきた女はその願いを冷たい視線で見下ろすだけだ。
――――下等動物が。汚らわしい。
「―――――自業自得。そうでしょう?」
男の手の上には躊躇なくヒールが下りる。
痛みに呻く男を無視してその怒りが収まるまで女は冷たく笑って小さな願いを踏みつけ続けた。
――――会場から早々に運び出されたその"プレゼント"は、家の者に見られぬように裏口からゴミ置場の倉庫へと移された。
ひっそりと闇夜に塗れる前、一瞬月夜に映しだれたのは枯れて見る影もない花の末路。
―――――添えられたカードに書かれていた言葉は『花言葉をあなたに』
捧げられた花は"オニユリ"。
―――贈られた言葉は"侮蔑"だった。
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