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< チェックメイト >
「―――揃いも揃って随分と楽しそうだ。寒気がするな」
――――マンションを訪れた犬たちを久居要は開口一番にそう冷笑した。
"嫌がらせ"に加担した男の話を新橋恭平が報告した時も表情一つ変えることはない。
『――――"男"に頼まれたと言ってたが、その"男"、調べれば久居ゆかりの元側近だそうだ』
ただ黙って報告を聞いた要はすっと緋来轟に視線を這わせた後、5人に背中を見せて美しい夜景に目を細めた。
――――"犬"たちの報告はいずれも同じ。
青龍然り、世能然り。
「―――――侮られたものだ」
犬たちの働きで1月であっさりと犯人を付き止めた要は、そのあっけなさに笑った。犬たちの誰もが気づくほどあからさまに流れされたその言動。気づかないとでも思っていたのだろうか。
――――それとも、気づいて欲しかったのか。
―――――久居ゆかり。
久居本家に生まれた長女。久居護の寵愛を受け、花よ蝶よと育てられた深窓のお嬢様だ。
気性が荒く支配欲が強いのは父親譲りで、近年社交界にデビューしてからは、まるで女王様気取り。その実、家業を手伝うことなく金の消費にばかり気が向く女で、頭のてっぺんから足の先まで着飾って、父親以外は下等動物と考える典型的な階級意識の塊だ。
―――だから、これまで愛人の間に生まれた久居要のことなど、まるで虫けらのよう扱ってきた。
もっとも要にとっても彼女は"虫けら"だから、気にとめたことなどなかったのだが・・・。
「―――私の邪魔をするなら、女といえども手加減しない。二度と悪戯出来ないようにお仕置きが必要だな」
ゲームのターンは変わり、勝利の女神は今や完全に久居要に微笑んでいる。
――――さて、どうお仕置きしたものか。
ゆっくりと振り返って見回すといずれも食わせ者の犬たちが楽しそうにこちらの様子を窺っていた。
「――――どうすんだ?」
ソファの背を椅子にこのマンションに来てから一言もしゃべらなかった男が口を開いた。
犯人、否、事件そのものに全く興味を示さない狂犬が紫煙を吐き出しながらだるそうに語りかけてくる。
「――――久居要のお仕置きか。そりゃ楽しみだ」
すると一番要に近いソファで腕を組んでいた恭平が興味深そうに笑うのだ。そして、クスクスとナイチンゲールが歌う。
「――――楽しみだな。要さんなら力技って訳ないだろうし」
「そりゃ俺に対する嫌味か?祐一」
不機嫌そうな庄司に「わかる?」と祐一が笑い出す。
――――ひとしきり笑いが治まると、出入り口に立っていた竜也が静かに闇との境界を要に突き付けた。
「――――出番はここまで。情報を渡した後は思うがままに」
要は静かにシガレットケースから煙草を一本取り出すとジッポでカチっと火をつける。じりっと焼けた煙草を吸いこんでふーっと紫煙を吐きだすと、冷たく笑って言い放つ。
「――――――十分だ。もともと気まぐれなオマエたちなど当てにはしていないからな」
闇に従事する犬は太陽の光の下では動けない。そんなことは要にもわかっている。
―――それに、はなからこの犬たちに"忠誠"という言葉は期待していなかった。
この犬たちの主は"己"だから。決して久居要のための無償で動くことはない犬だ。それは要に執着する狂犬も同じ。この犬たちは皆、己のために動いているのだ。
――――野良犬たちは己の"楽しみ"のために。
――――そして、狂犬は己の"欲"のために。
だからこそ、これからも久居要は彼らに"忠誠"など期待しないし、働きを当てにすることもない。忠実なだけの犬ならいくらでもいる。
―――そんなものは面白くもない。
なつく犬よりなつかぬ犬を。
―――その方がずっと楽しめると要は笑う。
この世は情報戦争。情報以上に欲しいものなどない。それが手に入った今ゲームは勝ったも同じ。むしろ、今回働く気になった気まぐれな犬たちのおかげで棚から牡丹餅だ。世能の調査結果だけに頼らず、第二視点からもより確実な情報を手に入れたのだから。
―――久居要は再び紫煙をくもらせると冷たい美貌で静かに"幕引き"を告げた。
「――――――チェックメイトだ。勝負のついたゲームにもう駒は必要ない」
久居要はチェス盤に置かれた相手のキングを指ではじいた。
――――からんと倒れたキングがあっけなく転がってチェスボードから落ちて行く。
―――後は邪魔者に教えてやるだけだ。ついでに喧しい周囲にもこれを機会に教えてやろう。
――――久居要の邪魔をすればどうなるかを。
ふーっと紫煙を吐き出しながら、"落ちたキング"を眺めて久居要はほくそ笑んだ。
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