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< 追手 >
―――――びっしょりとシャツに汗を掻いた男は、それすら気付かずに暗い路地裏を走っていた。
チラシや空き瓶がそこら中に転がった小道には時たまホームレスや野良猫を見かける以外に人影はない。
男は大通りよりずっと遠いところまで走ってきたことに気がついて、背後の人影がないことを確認してから足を止めた。
「・・っ―――はぁはぁ、はぁ」
―――途端、乱れた息が苦しくて満足に息すらできなくなる。
自分の乱れた呼吸が耳に大きく響くため、かすかな追手の足音すら聞こえない。いや、それともそもそも足音すら立てぬ者たちなのかもしれない。
――――そう言えば一度もその足音を耳にすることはなかった。
――――プロを相手にしているのか。
男はあまりの恐怖に小さく竦みあがった。
―――――"借金をなかったことにしてくれる"
そんなうまい話にやはり乗るのではなかったと今更ながらに後悔し始めていた。しかし、借金を返せなければ一家離散。追い詰められた男にとってこの資本主義の社会はただの地獄だった。
―――突然、背後を襲った痛みに油断していた男は何も反応することが出来なかった。ただうずくまる男を囲うようにわらわらと現れた黒いスーツの男たちが現れる。
「―――――――捕獲しました」
携帯に一言そう報告を入れられるのを合図に男の意識は遠のいていった。
――――次にうっすらと目を開けた男が見たのは薄暗い工場のような場所だ。そこには数台のバイクと車が乗りつけられていた。
ひときわ目立つ黒い車から誰かが下りてくる気配がした時、男の頭には何かが被せられ目隠しをされたことに気づく。
「―――――離せっ!!、俺は、何もしちゃいねぇよ!」
闇雲に暴れたが、背後と両脇で押さえつけられた太い男達の腕はびくともしない。
――――ああ、殺される。
物々しいその雰囲気にぞっとして年甲斐もなく男は泣き出しそうになった。
―――その時、確かに近づいた何かの気配に男ははっと息を飲む。
自分を押さえつけている腕の持ち主たちが緊張したのが伝わってきたからだ。
プロの男たちが緊張する顔を見てはいけない相手。
―――それが意味するものを男は考えたくはなかった。
「―――――"お預け"されてるんだ、この俺は」
聞こえてきたのは不機嫌そうな若い男の声だ。しかし、その声はどこか侮れないビリビリと空気を震わせる恐怖を感じる。
――――何かを言い間違えればそのまま命をなくす。
そんな気がしていた。
「――――飢えた犬がどれほどのもんか、オマエにもわかるように教えてやる。・・・おい、青龍」
―――自分は一体どこで人生を間違えたのか。
男は地獄からの通告に震えながら絶望の中でただそれだけを考えていた。
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