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< オープニング >






――――――クーラー内に残った氷が蠢いて乾いた音を立てる。


シャワーで一日の汗を流した久居要は冷えたワインをクーラーから引き抜いて、仮初の蓋を取り除いた。





――――長年忠実な犬を地で行く男の気配りは今日も完璧だ。


冷えたグラスにワインを注ぎ込みながら紺のバスローブを着こなした要はうすら笑う。


トクトクと流れていく血のようなワインに目を細める要は確かにこの戦中のような興奮を楽しんですらいたのかもしれない。




――――次は何を出してくる。



まだ定まらぬ相手を思い要は1人、問いかけた。


手を変え品を変え、相手は"嫌がらせ"を続行している。いっそ次にどう来るのか要は楽しみにしているぐらいだ。




――――だが、心の奥底でこの犯人を相手にはゲームを思う存分楽しめないことをわかっていた。



なぜなら彼の飼う狂犬ほどには久居要を楽しませてくれないからだ。



―――ゲームの相手には素人過ぎる。




狂犬ほどの危機感はなく頭脳戦をするには安易な相手だとすでに要は結論付けていたのだ。



―――数々の"嫌がらせ"は程度が軽く、要の命を脅かすほどでも会社を倒産に追い込むほどでもない。


相手はあくまで"嫌がらせ"の域を出ないところで、戦いを挑んできている。



――――世の中はハイリスク、ハイリターンでこそおもしろいのに。






「―――――まぁ、いい」


グラスを緩やかに揺らして要は1人夜景をぼんやりと眺めていた。


――――自分をもっとも嫌っている久居護が相手であれば、それは生か死か、もっとおもしろい戦いになるに違いないのだ。


となると、相手は長男の昌と三男の翔、長女のゆかりに絞られる。


いずれも思い出すには良い感情が浮かばない相手だった。





「―――――さて、どう駒を進めるか」



要はテーブルの上に置かれたままのチェス盤を眺めながら、一口ワインを口に含んだ。辛口で酸味の強いそれが喉を焼いて流れて行く。




―――――ブンブンと煩く飛びを回る蝿には少し飽きてきたところだ。





「―――――まずは序盤戦。覚悟はいいか?」




―――夜の闇を身にまとい久居要が笑っていた。








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序盤戦:

オープニング。
チェスで駒を効率よく動かせる位置に移動させること。



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あきゅろす。
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