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< 棒飴とスケートボード2 >




―――プッシュ、エンドウォークしてオーリーを決めたらエンドオーバー、そこからキックフリップ。


ガ―ガ―音を立てながらヒロヤは狭い空間にスケートボードを走らせる。一つ一つの技のキレとタイミングを確認しながら、ルーティンをこなしているのだ。


―――ルーティンとはフリースタイルスケートボードの"技"の掛け合わせのことだ。フリスタSKBにはさまざまな技があり、世界中にいる選手だちがその技を競い合っている。もちろん自分で作ったっていい。何せフリースタイルだから、どう演じるかは自分次第。





―――ヒロヤはこの平たい板を使った遊びが大好きだ。


何度も失敗して体中傷だらけにしても、また次の日にはこの板に乗って走り出す。

何時間やってても飽きないし、何しろ技を決められた時の喜びといったら一入だ。



―――ずっと友達がいなかったヒロヤにとってムツキが現れるまでは、この平たい板が唯一の友達だった。








「――――おい、ガキ、この状況わかってんのか?」


いつだってヒロヤはその耳にシャカシャカ音漏れするぐらいの大音量を溢れさせているから、不必要な相手の言葉は気付かなかったことにしている。


――――本当は、相手の口の動きを見れば何を言っているのかわかるのだが、今この目の前にいる不良なんてヒロヤにはどうでもよかった。




――――学校でも仲良しのムツキとヒロヤの関係は、日が沈もうと変わらない。

家族が海外にいて1人暮らしのムツキとキャリアウーマンのシングルマザーを持つヒロヤは時間的拘束が薄いから他の高校生よりもずっと長く夜を遊ぶことができる。

そうは言っても、ムツキもヒロヤも友達が多い方でないからいつも決まった路地裏で、SKBを練習するヒロヤを棒飴咥えたムツキが眺めるっというのが関の山だった。


だから、今日も二人は"PG(playground)"と呼んでいる路地裏でいつも通りの時間を過ごしてたんだ。




――――ぞろぞろと不良たちがやってきて、二人に用があると言い出すまでは。



もう何年もこの街に住んでいてムツキと出会ってからは二人でよく夜をぶらついていたから、他人には無関心なヒロヤでさえ、ここら辺の"領域争い"のことは知っている。

"PG"だってここらを収めるチームの先代にちゃんと許可をもらって場所を借りているのだから、今更場所のことで難癖付けられる言われはなかった。




――――ピタっとボード遊びを止めたヒロヤは無表情にムツキが連れて行かれたドアを見た。


ムツキが錆びたあのドアに消えてから20分。



「―――――――遅せぇー」


思わずそう呟いたヒロヤに不良たちの中で唯一偉そうにしている男が苦笑した。



―――先ほどヒロヤに話かけてきた不良だった。


背が高く腕にはたくさんのタトゥが刻まれていて、短髪をたわしのようにツンツン立てた男は懲りずにまたヒロヤに向かって話しかけてきた。



「――――――今更かよ。うちのヘッドは睦月ちゃんに夢中らしいからな。オマエは邪魔者なんだ。わかってんのか?」


ヒロヤは聞こえていないフリを止めてじっとその半眼で男を見た。ポロリと抑揚のない声が呟く。



「――――――知らねぇよ。邪魔はあんたらだ」

途端、殺気づく不良たちを完全に無視したまま、ヒロヤは開かないドアをじっと見つめていた。






「―――――待った?」

衣服を少し乱したムツキがそのドアから出てきたのは、姿を消してからきっかり30分後だ。

妙にすっきりした顔のムツキを見てヒロヤがぎゅっと唇を噛んだことを誰も知らない。





「―――おい、うちのヘッドは?」

不審そうにそう問いかけるナンバー2にムツキは綺麗な笑顔で「ベッドに寝てる」とさらっと答えるのだ。


―――ヒロヤの気持ちも知らないで。


用がなくなって不良たちの巣からテクテク二人で歩いて帰りながらヒロヤはじっとコンクリートを見つめていた。



「――――ヒロヤ、どうかした?」

情事後のほんわか笑顔で聞かれても、"浮気者"なんて問い詰める立場になんていないから、ヒロヤはただ唇を尖らせることしかできない。





「――――帰ってくるの遅せぇー」

そう言い放ってスケボーに跨ったヒロヤはコンクリートを蹴ってムツキを置き去りにした。

ガ―ッとコンクリートを滑る音に混じって「ごめんごめん」っと背後から聞こえるのんびりした声に、ヒロヤはまたぎゅっと唇を噛むしかなかったのである。





―――ムツキは"タチ食いのゲイ"なんだそうだ。


さらっと言われたうえにあまりその方向に知識のないヒロヤには言われた当時、まだ意味がわからなかった。

何年か一緒にいてなんとなくわかってきたのは、たぶんムツキは背が高くて筋肉のついた男らしい男が好きなんだろうということだ。

ヒロヤはスタイルは悪くはないけれどどちらかと言えば小柄で筋肉もそれほど付いていない典型的な日本人だ。

加えていつも猫背だから身長はずっと小さく見える。





―――どうあってもあの不良たちのような男らしい体格にはなれないのだ。




ずっと一緒にいてほしいと言ったら、やっぱりムツキは優しく笑ってくれたけど、いつかあの不良のヘッドのような男がムツキを攫いに来るんだと思う。


―――だって、優しく笑ってくれたムツキは『これからもずっと一緒にいるよ』とは約束してくれなかったから。






「――――ムカツク」


その時は一体どうしたらいいのだろう。

また"気づいたら1人"になるんだろうか。


――――今はどんなに練習した簡単な技だって、うまく決められる自信がヒロヤにはなかった。







「―――――何、アイツら。おもしれーじゃん」

押し倒したはずがあっさり後ろを取られた情けないヘッドを地下のベッドの中に見つけたこの界隈のNo.2がそう笑っていたのを二人は知らない。

とかくその男の興味を惹いたのは、ただのガキだと思ったら意外と骨のありそうなスケボー少年であったことがわかるのはまた別の日のことであった。


End.

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あきゅろす。
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