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< 序章曲 >




――――時を遡るは一月前。

そこからこの"物語"は始まっていた。





「――――――資金に目処がついたということですか。あなたはそれで経営不振が拭えるとお考えなわけですね?」


電話口へと流れるベルベットのようななだらかな声には少しだけ通常ではない厳しさが交っていた。子機を片手にした久居要は目を細めて、ゆっくりと夜景を見回す。



―――赤字を抱えた経営不振の野村物産の買収には、すでに半年を費やしている。

買収後の計画もすでに整っておりそこに費やした資金は莫大だ。しかし、最終契約成立を明後日に控え、先方は契約を破棄したいというのである。



「―――野村さん、あなたもわかっておいでのはずです。今更、銀行から資金が下りたとしても、今の御社の状態では火に油を注ぐだけの――――――っ」


一方的に切られた電話を下ろした要はゆっくりと瞳を閉じた。冷たく燃え上がる炎が彼の胸に広がてゆく。


最終契約をまだ交わしていない今の段階では、会社の権利はまだ先方のままである。彼に出来るのは、先方が調印した買収への意向契約で裁判所に申し立てお越し、この契約に費やした費用の賠償金を支払いを請求するぐらいだ。



―――しかし、そんなものは微々たるもので全資金の回収はありえない。

瞳を開けた要はデスク上に受話器を下ろすと社長室の入り口に立った男に声をかけた。



「――――――とうの昔にどの銀行も野村物産を見放したはずだ。誰かが銀行に圧力をかけたと考えるしかないだろう。雑賀を呼んで弁護団を召集し賠償請求をするよう言っておけ。それから、この件の責任者を呼べ。――――神田」




「――――はい」

男が返事を返して一歩前に出る。

飼い犬の君主はそれは艶やかに微笑むと忠実な犬に命令をくだした。




「―――――バックを洗え。『あしながおじさん』の正体をな」


一礼して出て行く男を見送って要は椅子に背を預けた。両肘をデスクについて形の良い指が彼の口許で交差される。




―――多大な赤字を抱えた野村物産。

今更、資金の目処がついたとしても一度落下した信用を取り戻すのは難しい。まして先代との血のつながりだけで社長の椅子に座った腑抜けの男では、到底経営不振を立て直すことは出来ないだろう。



―――そうなれば、遅かれ早かれ野村物産は要の手中に落ちてくる。





―――――問題は背後にいる者の意図。


野村物産に資金を提供しても採算が取れないのは相手もわかっているはず。回収できない莫大な費用を無償で提供する善意の『あしながおじさん』などありえない。どう考えても相手の意図は要の会社に対する"嫌がらせ"なのだ。



―――――それはすなわち、久居要に対する宣戦布告。


そして、相手はただの"嫌がらせ"のためだけに莫大な費用を簡単に操作できるだけの存在というわけだ。


憎まれる理由など数え切れない。まして自分に恨みを抱く相手など山の数ほどいる。何しろ久居要の生誕すら忌み嫌う者がいるぐらいなのだから。



―――口元で交差した指の間から冷たく光る双眸が零れ落ちる。


薄く笑うその唇は、まるでこの窮地を楽しんでいるような余裕すら窺えた。





――――すっと細められた瞳が笑う。





「――――この私に喧嘩を売るか。覚悟しておくがいい」




冷たくなめらかな声が歌うように部屋に響いた。



――――それは"氷帝"と呼ばれる怜悧な美貌の持ち主が、その実力を発揮することになるほんの序章曲に過ぎなかった。




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