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< 物知り狼 >


ねぇ、"狼"ってね。

悪い動物が何を考えているか、ちゃんと知っているんだよ。

The wolf knows what the ill beast thinks.
 




――――――人通りのない廊下で胸ぐらを掴まれたまま狐は笑う。

ギュッとしまるその首にしかし、ニヤニヤと浮かべた笑みを貼り付けたままで。






「――――よぉ、プレイボーイ」



―――腰砕けの魅惑音。


学園に圧倒的なファンを持つその低音が足元からぞろりぞろりと這い上がる。

薄い廊下の壁に追い詰められた神崎卓はその浸食を感じながら、"嘲笑"の意を込めて静かに両手を上げた。



―――万年、不機嫌そうなその冷たい美貌がさらに歪むのを楽しみながら。


途端、目を細めた相手は大きな手の平でぐっと首を掴み、顔を耳元に寄せて低く低く囁くのだ。





「―――――余裕だな」






「――――久しぶり。コーヘー君」

しかし、学園一食えない男はのんきな声であいさつを返すだけ。



―――その行動が相手を苛立たせることを十分承知しているくせに。



さらにぐっと力が強まり、自然顎の上がった獲物を捉えて狼は唸る。





「――――――"遊び"もほどほどにな」


ふらふらと他の男のところへ遊びに行く"狐"に"狼"はそう威嚇した。

すっと舐められた耳は"つまらない毎日"にはない快楽を齎してくれる。

卓はそのスリルにすっと己の唇を舐め上げて、ただ笑う。





―――ねぇ、教えてあげるよ。


誰の言うことも聞かない天の邪鬼にはね、忠告なんて無意味なんだよ。


一筋縄でいかいひねくれ者にはね、警告なんて無意味なんだよ。



――――だって、タチの悪いそいつらは"歪んだ愛"の常習犯なんだから。






程よく焼けたやわ肌に"狼"の牙が突き刺さる。

ぐっと痛みを伴うそれに、卓はただ男の肩越しに窓の外の夕焼けを見つめていた。


―――あの日のように美しい夕日が燃えている。








「―――――"ほどほど"ね」






小さな呟きは瞬間、胸ぐらを掴んでいた男の腹に決まったひざ蹴りの鈍い音に掻き消える。



―――そうしてとっても愉快そうに笑う狐は、だけど、その瞳に小さく光る怒りを揺らしていた。






「―――You say?」


へらっと笑う神崎卓は答えを求めずただ語らない声で狼を問い詰める。








―――ねぇ、遊んでるのは俺じゃない。






――――"おまえ"だよ。




自由気ままなひねくれ者はそう簡単に掴まらないんだ。





―――だから、もっと必死になれよ。


もっともっと必死になれよ、狼さん。





―――でないと俺は捕まらないぜ?



狐はいつだってどこへだって自由気ままに突き進む。

俺を止められる奴はそういないのさ。


だから、なぁ、早く。








―――本気で俺を捕まえて見せろ。




静かに笑った狐は人差し指で"かかてっこい"と挑発的に合図した。



「――――――Hey,Come on,baby」




ふざけた言葉にその意を探った男はすっと目を細めるだけだ。



そうして、警戒してしまった狼を鼻で笑った狐は「またね」と颯爽と踵を返すのだ。





――――さながら何の執着もないように。





だから、舌打ち1つで手を伸ばし男は去る背中を力任せに手繰り寄せる。



―――珍しく無表情を浮かべた相手は無抵抗にただ静かにそんな男を見上げているだけだ。







「――――As you sow, so you reap.」



―――"覚悟しとけ"


歪んだ愛を叫ぶ"狼"に"狐"は艶然と愉快そうに微笑んだ。





―――なぁ、やれるもんならさ。







―――やってみろよ。







ねぇ、"狼"はね。

悪い動物が何を考えているか、ちゃんと知っているんだよ。


だって狼こそが悪い動物なんだから。


だって蛇の道は蛇なんだから。



ねぇ、だから。

―――歪んだ愛は歪んだ者にしかわからないんだよ。




誰もいない廊下で噛みつくように口づける男達を美しい夕焼けのオレンジ色の光が静かに見守っていた。



End.

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あきゅろす。
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