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< 狩の始まり >



―――昼の喧騒を終えた街が夜のベールに包まれると暗闇に浮かぶのは色とりどりの焔。

現れた車のヘッドライトの列は一筋の光となり、今夜も昼の抑圧から逃れた者たちを心地よい闇夜へと誘う。

さめざめと降り始めた小雨が磨かれたばかりのガラスを所在無さげに濡らし、夜景のぼやけた光の幽玄美はただ美しいの一言に尽きた。


―――ガラス窓を眺める1人の男は、しかしその美しさに微塵も心を揺るがすことはない。







―――高級デスクチェアが切なく軋む。


高層ビルに浮かぶその広大な部屋の持ち主は未練なく窓際から出入り口の扉に体の向きを移したのである。男の忠実な飼い犬の立てる足音が微かに社長室に反響していた。





「―――――失礼します」


軽いノックと伴に現れたのはまだ20代後半から30代前半の背の高い男である。黒い髪に日本人離れをした彫の深い顔を持ち合わせた男は見本のような一礼を取ると、まったく感情を映さぬ目を主へと向けた。




―――――男の名をリヨン・神田・グステフ。


帰国子女の主がハーバード在学中に出会った日系ロシア系アメリカ人である。

忠実な部下であると同時に近しい友でもある男をこの部屋の主はただ冷たい双眸でもって歓迎していた。

友と言うにはいささか上下が厳しく、また距離のある間柄ではあるのだが、それは勝手にこの目の前の男が望んだことだ。他に"友情なるもの"を持ち合わせたことのない冷めた男にとって、この関係こそが"友"であるとしか言いようがなかった。




「――――――――要様」

名を呼んだきり入り口付近に直立不動する部下に何を感じ取ったのか、部屋の主は小さく鼻を鳴らす。


―――そして、艶やかな冷笑をその表情に浮かべるのだ。




「――――――またか」

「一部の社員は気づき始めたものと思われます。情報を止めるのもそろそろ難しいかと」

再び鼻で笑った冷めた男は犬を追い払うように手で部下に退出を促すと再び窓側に椅子を回転させた。



―――そこにもうすっかり夜の闇に包まれた眠らぬ街が広がっていた。





在住5年。決して安泰と言える5年ではなかったが、どうやら再び暗雲が垂れ込めてきたらしい。


しかし、そんな状況にも関わらず氷のような冷えた微笑で男は1人笑うのだ。




―――――どんな"面白い遊び"も続けばただの"マンネリ"だ。




「―――退屈だ。品切れならばそろそろ"幕引き"といこう」


"氷帝"と呼ばれる男はその美しい夜景に目を細めて誰にともなく宣告した。




――――道を塞ぐ"邪魔者"にはそれ"相応の対応"を。



それが男―――久居要のモットーであった。



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あきゅろす。
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