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< 嘘つき >





『――――俺にしときなよ、ベストを尽くすからさ』



あの日、元"偽りの恋人"はそう言って泣いていた雪夜を慰めてくれた。

馬鹿な男と笑ったけれど、本当はひょうきんな慰め方がおかしくて―――暖かくて嬉しかった。

たびたび勝手に家に来ては"添い寝"と称して泊まりを繰り返す"魔法使い"は"死んだあの家"を段々暖かいぬくもりで満たしてくれる。




――――雪夜はゆっくりと瞳を閉じた。


軽薄で。

掴めなくて。

スケコマシな最低男の"優しさ"を愛している。





「――――馬鹿げてる」

雪夜は洗面台の鏡に映る自分を見て自嘲した。





"境界線"なんて嘘。

"取り返しのつかなくなる前に"だなんて嘘。


―――あの"優しい"毒は雪夜の体中を巡ってもう抜け出すことなんて不可能だった。





――――"お姫様"は"王子様"でも"王様"でもない、あの日の"自称狡賢い魔法使い"に恋をしているのだ。









―――――なのに。




「レイさ、俺思い出したけど、"アレ"って"例の奴"じゃね?父親の浮気相手の息子ってやつだろ?何年か前に平気で我が家に押し入る浮気相手にうんざりしてたら、この界隈にその息子がいたってゆーやつ」

「ああ、あれか。"不快の責任とってもらう"とか言ってたやつね」

刺青を入れた蛇男と雪夜の席を奪って座っている猫男がニヤニヤと楽しそうに笑って男を見やる。

「よく覚えてんねー、お前ら」

神城怜はそれに答えるようにニヤッと笑って楽しそうにウィンクした。




「――――――まぁ、その息子」






―――――いつだって神様は雪夜に欲しいものをくれはしない。







『なんなら俺が一晩かけてやさし〜く、慰めてあげちゃうよ?』


『手始めに・・・・そう、狡賢い魔法使いを仲間に入れるってっのは、どうよ?』


『3年だ、3年。・・・・この俺が、3年もおまえのおままごとに付き合った・・・そこんとこ、わかってる?』


『俺は性欲込みでおまえが欲しいね』





あの男の低い囁きを他の者たちのように簡単に信じていたわけじゃない。

あの男の甘い笑顔を他の者たちのように簡単に受け入れていたわけじゃない。

頭が良くて色んな人間を食っては捨て弄ぶ、そんな男だとずっと警戒してた。








――――だけど。




「―――嘘つきっ・・・」


ジャーっと勢いよく蛇口から流れ出る水が白い陶器にぶつかって飛沫となって雪夜を濡らす。

洗面台に両手をついた震える腕から力が抜けて、ずるずるとその体は床に沈みゆく。






―――今まで色んな嘘を吐いて生きてきた。

簡単なものから性悪なものまで、"愛"が欲しくて色んな"嘘"を吐いたから。







―――だから、これは神様からの仕返しなのかもしれない。



ぽたりとタイルの上に透明な水滴がこぼれた。


―――嗚咽を掻き消す流水の音だけが化粧室に大きく響いていた。




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