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< The king and the knight >
――成績優秀な陸上部員の辻隆也は表彰台に上がることも多く、"学園の騎士様"と呼び名も高いことから校内でも有名な人物の一人である。
強面な容姿から"近づきがたい"と敬遠されがちの彼ではあるが、その実、日々黙々と校庭に向かう背中はこの学園の生徒たちが応援してやまない"学園代表"の姿である。
そのストイックさがたまらないと一部の人間には非常に人気が高いため、熱狂的なファンを遠ざけて彼のために"静かな練習場所"を確保することが、もっぱら陸上部員の日々の務めになっていることを"陸上部のアイドル"は未だ知らない。
―――――無口で無表情で無愛想な努力家は陸上部員全員の誇りなのである。
だから、突如現れた"陸上部のアイドル"に昼時の教室は騒然となった。
毎日に退屈していた生徒達が何が始まるのだと目を輝かせてしまっても到底不思議ではない。
ざわざわと騒がしい教室で"皆の学園の騎士様"を前に、この学園の生徒会長様は大変に戸惑っていた。
―――ちょっとした悪戯を思いついた日から別れを切り出されるのかもしれないと戦々恐々の日々を送っていた。
「――――――――――好きです」
しかし、悩める王様に贈られたのは愛しい恋人からの素敵な恋の贈り物だった。
固く握られた手を小さく震わせて「俺はあなたの1番になりたい」そう鮮やかに微笑んだ勇気ある"騎士様"に胸いっぱいのせつなさが広がった。
――――――大人になろうと思っていたのにいつの間にか愛しい恋人に先を越されてしまった。
どこかに閉じ込めて誰にも見せずにバリバリと頭から食べてしまいたい気持ちとこのまま学園中に自分のものだと大手を振るって自慢したい気持ちと王様の心中は複雑である。
―――あまりに胸がいっぱいになり過ぎて亨は声も出せずに、ただそのスレンダーな体を抱きしめた。
嬉しいという思いをどう伝えていいのかわからない。
―――無口で男前な騎士様はいつだって王様の自慢の恋人なのだ。
そして、その自慢の恋人は甘えん坊な王様を一番幸せにする魔法を知っているのである。
教室中に響き渡る悲鳴の入り混じった観客の声は、恋の魔法にかかっている二人には全く聞こえない。
窓から入り込む優しい風が二人の髪を楽しそうに揺らしていた。
『――――ちっ。オマエが1番に決まってるだろっ!!』
お昼休みにごった返す廊下を王様自ら進み出ると、人垣はすんなりこの学園の君主にその道を明け渡す。
繋がれた大きな手に引っ張られながら、隆也はズンズン足を進める大好きな人の背中を眺めていた。
―――――幸せ過ぎて溢れ出る気持ちが胸から飛び出てしまいそうだった。
『・・・俺だって・・・オマエが好きだ』
耳元で小さく囁かれたその言葉は一気に隆也を幸せの絶頂に押し上げた。
反射的に大好きな人を見上げようとして『こっちを見んなよっ』っと尚一層、抱き締める腕に力が込められるのだが、ちょうど視線の先にある耳が赤く色づいて、照れ屋な王様の気持ちを物語るのだ。
嬉しくて嬉しくてどうにかなってしまいそうで、この胸のドキドキがひど過ぎて、もう自分はこのまま死ぬんじゃないかと隆也は心配になった。
―――――それでもいい。
この暖かくてドキドキする気持ちをうまく表す言葉を隆也は先ほどから見つけることができないのだ。
――――不器用な王様の愛の言葉は勇気を奮い立たせた騎士様にもう死んでもいいと思わせるほどの幸福を運んでくれるのである。
「・・・・・・あなたが好きです」
行き場のない幸せが溢れ過ぎてどさくさに紛れてもう一度言ってみる。
――――――すると先行する王様はピタリと足を止めてむっつりした表情でこちらを振り返るのだ。
「――――俺の方がオマエを好きに決まってる」
好きに勝ち負けも大きさもないのだが、子供のように口を尖らせた王様が「オマエは俺を殺す気か」とぶつぶつ何やら呟くのを隣の恋人は幸せそうにくすくす笑って見守っていた。
――――幸せの気持ちが溢れてしまいそうなのはどちらも一緒。
自慢の恋人を大手を振るって家に連れ込み、そのままバリバリおいしく食べてしまおうと勢い余った野獣が考えているなんて、幸せそうな恋人は気づかない。
教室に残された陸上部部長が守り続けてきたアイドルを奪われて地団太踏んでいたのだが、尚更、気づくはずもない。
―――素敵な恋の魔法は、時々悪戯を仕掛けては恋する恋人たちに更なる幸せを運んでくれるのである。
お昼休みに起きた王様と騎士様の恋の逃避行は、その後学園中を駆け巡る伝説となるのだが、今の二人はただ幸せそうに互いに手を取り合って学園を立ち去っていくのだった。
End?
「――――保健医とデキてたのはあなたじゃないですか」
美目麗しいお姫様に鋭い視線を飛ばされても、面の皮の厚い王子様は痛くもかゆくもない。
"学園の騎士様"に魔法使い宜しく大人の助言をしたこの学園の副会長様は、ただただその顔に笑顔を浮かべて校舎を去る二人の人影を見送っていた。
「会長を隠れ蓑に噂流しておいて後から人助けなんて、今更な良心があなたにあったとは驚きですね」
ふんと鼻を鳴らしたお姫様はそう憎まれ口を叩くとバンバンと書類を纏めて生徒会室の出入り口に向かう。
「今度から隆也とバ会長の邪魔はしないでもらえます?」と付け加えることも忘れない。
「――――騎士様も相当だけど、君もなかなかだよね。そのギャップ」
嫌味な書記に王子様は振り返ってニッコリほほ笑むのだが、あんたも相当ですよと心の中で呟いて意外と仕事熱心な書記は生徒会室のドアを開けて廊下に出て行くのである。
――――――純粋でまっすぐな隆也の爪の垢でも煎じて飲ませてやりたい。
常日頃、学園のお姫様がそう思っていることを生徒会室に取り残されたお騒がせ腹黒副会長は知る由もなかった。
―――月日は7月上旬の出来事であった。
End.
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