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< Trick >
―――氷川亨の恋人は無口で無表情で無愛想な男前である。
そのうえ、切れ長の瞳はきつく周りを見据えているから、彼を前にすると"恐縮する者"が多い。
本当は優しくてマイペースでとても純粋な人物なのであるが、それを知っている人間はほんの一握りだ。
幼馴染のお姫様を紳士にエスコートしている姿から、"学園の騎士様"と一部の人間に大変人気があることを当の本人は知っているのだろうか。
――――きっと気づいていないに違いないのだ。
他人にはとても優しいくせに自分のこととなると、とんと無頓着な彼の恋人は、自分に向けられる感情にはとても鈍いのである。
そんなカワイイ恋人を亨は大変愛して止まないのだが、1つだけ彼には小さな気がかりがあった。
―――亨は、他の女に迫られているのに関わらず、何も言わずに生徒会室を去っていく後ろ姿を思い出す。
彼の恋人は積極的に自分の思いを言葉にしようとはしないどころか、恋人であるという自覚があまりにもなさすぎるのである。
『・・・・あの、俺わかってますから・・・・・・』
――――いや、何もわかってなどいないのである。
はっきり言って亨はキレた。
『――――おい、おまえ。俺が他の女といたのに何も思わないのか』
それはちょっと学園中に噂が回っていたから、嫉妬してほしいなんてあわよくば的なことを思ってしまったのは子供だったと自覚している。
だが、それはないのではないかと亨は思うのだ。
これではあまりにも自分が浮かばれない。
彼の恋人は嫉妬どころか謙虚に自分には気を使わなくても大丈夫などと言い始めたのである。
"お泊り"はおろか、押し倒そうにも本命に申し訳ないからとさらっとかわされてしまう。
――――好きなのに彼の恋人はちっともその気持ちをわかってはくれないのである。
「・・・・はぁ」
溜息を吐く男の視線の先で陸上部のエースが空を飛ぶ。
最近、調子の悪いハイジャンパーは今日も邪魔なバーに足を取られて、空を自由に飛ぶことができない。
その不調の原因を彼の恋人である氷川亨はよくわかっていた。
『―――おまえ、本当は俺のこと好きじゃねぇんだろっ!!』
――――勢いから言ってはいけない言葉を言ってしまった。
無口な恋人は自分の思いを口にすることがとても苦手だと知っていたのに。
本当は、その分、自分が大人にならなければいけないことを亨もよくわかっていた。
ただちょっとだけ、強要ではない恋人の言葉が欲しいと思ってしまったのだ。
――――素敵な恋の魔法は、時に大人な王様をも小さな甘えん坊に変えてしまうのである。
言葉欲しさにちょっとした悪戯を思いついた日から、二人の間には気まづい空気が流れていた。
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